mixiユーザー(id:26467892)

2018年03月10日23:27

60 view

明日で3・11宮城県沖震災から8年目に入る・・・

 家が傾いたまま7年が過ぎ、サッシや、玄関のドアには隙間が・・・今もそのまま隙間テープを張ってしのいでいる状態だが、あの地震の凄さは半端では無い。
 震度7は震度計が測れる限界で、それ以上は震源地では計測不可能で、離れた地域での推測でしかない。つまり、震度計が針を振り切って計測不能なのです。
 一方、マグニチュード9(M9)は1段階増える毎に30倍になりますから(深度によるが)M7以上は津波が起きますが、高台に居ると津波の事は全く頭に出て来ないもので、むしろ山崩れや、土砂崩れなど、地割れの方が先に気になりました。

 余震が続き、外に避難し、停電に都市ガス、水道のライフラインが止まると、車のラジオのみが情報源になりましたが、余震が連続してる為、アナウンサーも「OO時O分再び地震が有りました」と言ってる側からまた余震が有るので、何が何だか訳分からない放送ばかり・・・

 その後、「OO海岸に数百人の遺体が・・・」と言うと同時にヘリが上空を飛び過ぎて行く・・・
そこでやっと津波の事を理解する事になるが、テレビが見れないからアナウンサーも何を伝えて良いのやらパニック状態なのが分かり、事の重大さがやっと分かった。

 家の中は食器棚が倒れ、冷蔵庫も倒れ、カラスの破片でグチャグチャ状態、たまたま長女が休みで居たので手助けに来てくれ、家族の安全を急いで確かめた途端、携帯が使えなくなった。

 温風ヒーターが使えないので暖房無しで、電気無しで、水道管に残ってる水をペットボトルなどに集め、携帯コンロがたまたま有ったから食事を取ったが、自宅待機者にはおにぎり一つくれなかった。

 準備などしてても被害状況で多種多様の条件になるのが災害です。これで大丈夫と言う事は有りません。
 mixiのみやちゃんに連絡取れたのは1週間も後で、みなさんに助けてもらい、感謝は今でも忘れられません。<(_ _)>

 そんな日がもう来ない事を祈りますが、すでに震災の事は忘れられてるように見えますが、実はみんな恐怖は忘れるものではなく、チョットでも地震が強いと恐怖に駆られるのが現状なのです。計算では後、40年は大丈夫なんですが、青森から北海道、茨城から千葉・関東には沈み込みが溜まっているのは確かなので要注意です。

 山の噴火も太平洋プレートやフィリピンプレートの沈み込みでマグマの溶ける量が増えてるのに亀裂が入れば、噴火する可能性は高くなります。地震だけが原因では無いので、噴火や地震の周期を目安に気を付けて下さい。災害はどんなものでも辛いですからね、<(_ _)>

1 8

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する