3月3日
今日は熊野修験春峰入り、今年の奥駈の初日だ。
青岸渡寺で勤行をし隣の那智大社でもお参りをして出発する。
木々の間から朝日が顔を出した。
那智高原で結団式。
高木導師の挨拶がある。
熊野修験の奥駈は、3月に那智山から本宮まで、4月に本宮から玉置神社まで。5月に1泊で玉置神社から前鬼まで、9月に2泊で釈迦ヶ岳から吉野まで歩く。
今回は那智山から本宮の請川までの熊野古道大雲取小雲取コースだ。
普通の古道歩きでは1泊で行くことが多いが、奥駈では1日で歩く。
熊野修験の奥駈は今年で31回目になる。
高木導師は挨拶でそのことを強調されていた。
色川辻で勤行をする。
ここで高木導師がいらっしゃらないことに気づいた。
今回の導師は息子さんの智英さんだ。
近くにいた人に聞くと、高木導師は体調が悪く今年は歩かれないのだそうだ。
去年も3月4月の日帰りは全行程歩かれたが、その後の泊りの奥駈は所々参加されたとのことだった。
周りから止めるように言われているらしい。
去年の3月の奥駈も最初は途中の小口までの予定が調子が良かったので本宮まで歩いたと聞いた。
今日はいつもよりペースが速い。
やはり去年までは調子の悪い高木導師に合わせてゆっくりにしていたのだろう。
山道には時々バイカオウレンが咲いている。
だが、写真を撮る余裕はない。
地蔵茶屋に着く。
この先土砂崩れで通れないため、迂回路の古い林道を歩く。
本来なら石倉峠への急な登りがあるが、ただただ傾斜のあまりない林道を急ぎ足で歩く。
看板には迂回路は普通のルートより40分長くかかると書いてあった。
本来の道との合流点に着く。
そこから急登を登って越前峠に向かう。
越前峠には10時20分に着いた。
地蔵茶屋から55分で着いた。
去年は普通のルートで30分かかったから25分オーバーだ。
かなりの速足で歩いたことになる。
ここからが急な下りだ。
標高差800mをどんどん下る。
膝に来る。
円座石で勤行。ほっとする。
ここからさらに下って小口自然の家で昼休憩だ。
迂回で時間がかかったにもかかわらず、去年よりも20分早く着いた。
小和瀬の橋を渡って後半の小雲取の道に入る。
この橋も昔は吊り橋で一度に大勢は渡れなかったので時間がかかった。
桜茶屋跡までは急な登りだ。
古道歩きの外国人の人とすれ違う。
山伏さんの装束に驚き、嬉しそうに写真を撮っていた。
ツアーらしい人たちが来た。
先頭を歩いているガイドはいつも奥駈で一緒になるOさんだった。
次のグループのガイドもBさんだった。
ハイタッチで挨拶する。
この日は新宮市のツアーらしい。
後で参加者たちは山伏姿の奥駈の人たちに会えたことを喜んでくれたと聞いた。
なかなか会えるものではないだろう。
桜茶屋から下った先の林道では新宮やまびこグループの方々が飲み物やお菓子の接待をしてくださる。
いつものことだがありがたい。
ここからまた速足になる。
前の人が間を開けたので追い越して行く。
時々小走りになる。
昔はいつもここは走ったものだ。
請川の国道に16時10分までに着けば本宮大社まで歩いて行かれるのだ。
それより遅いと車で送ってもらうことになる。
当時は17時までに本宮大社に入らないといけなかった。
必死に歩き走った。
だが最近は全員が車で行くようになった。
請川に着くのが遅くなったからだ。
去年は請川に着いたのは17時半だった。
久しぶりに急ぐ。
もしかしたら速い人は本宮大社まで歩くのではないかと思ったが・・・
請川に着いたのは16時半だった。
那智山から請川まで迂回路を入れて28キロ近くの行程を2時間の休憩勤行を入れて10時間半で歩いた。
これはかなり速いペースだ。
そして全員車で本宮大社に向かった。
本宮大社には高木導師もお参りして勤行を唱える。
最後の挨拶で一緒に歩かなかったことを詫びていらした。
そして今年が31回目の奥駈であることをまたお話していた。
31回目、それは新たな奥駈の1回目ということなのだろう。
きっともう高木導師が一緒に歩かれることはないだろう。
それはとても寂しいことだ。
この奥駈にリピーターが多いのは高木導師のお人柄によるところが多い。
私もそうだ。
高木導師が歩かれない奥駈は魅力が薄れる。
だが、高木導師の想いを受け継ぐのが恩返しなのだろう。
歩けるだけ歩きつづけよう。
そして若い導師を見守って行こう。
私にとっても新たな奥駈のスタートだ。
一礼して本宮大社を後にした。
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