最近は、テレビの中での謝罪が多い。
当然の会話の中で多発する「ごめんなさい」から、本格的な俳優やテレビ出演者家族の薬物関連から、不倫などの謝罪まで、大安売り。
公共情報網を使って行われるそれは、何だろうと視聴者にとっては不思議に感じる。
謝罪は当人に丁重に心の底から行われる行為ではないだろうか。
確かに公共網に乗せれば、便利で人徳アピールに繋がるのだろう。次のセールスにも繋がるのかもしれない。
しかし、人間であるから当然の間違いまでもが、故意でない中でも、残酷な事に、時には大げさに扱われ憎しみに繋がる場合には、驚いてしまう。
テレビの電波は貴重なもので、秒単位に区切られたそれは、コマーシャル代金に代表されるように、莫大な費用を要するものであると、誰もが承知しているはずの時空だ。現代の視聴者にとっても、貴重な時間であるはずだ。
少し前までのテレビ番組では、的確な番組の流れが用意されていて、そのようなことは無かったと思う。
公共で軽く発せられる謝罪は、視聴者にとって、どうしたらよいのだろうと戸惑うこともある。不倫などは特にそうで、きっと信頼していた公共網に出演する者としての国民への謝罪であるのだろうが、家族内の出来事を説明するにあたってまでも、その放送時間は延々と続いたりもする。
もしも教育の目的があるならば、そのような趣旨の番組を別に組んで欲しいと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する