mixiユーザー(id:11056015)

2018年02月15日04:49

112 view

「漢字かな交じり文」で新知識を吸収してしまう消化能力、そこに日本文化の秘密がある。

【from Editor】
中国にノーベル賞は無理?
2013.2.26 07:45 [from Editor]

 明治期の日本に、井上円了というユニークな哲学者がいた。古今東西の思想に通じ、「釈迦、孔子、ソクラテス、カント」を「四聖」と尊崇していた。

 釈迦は、井上のバックボーン・仏教の始祖であり、ソクラテスからカント、ヘーゲルへと西洋哲学をあわせ研究することで、彼の仏教思想に深みが加わる。

 「日本を、取り戻す」。自民党政権のスローガンが論議を呼んでいる。ある会合で、論者が「昨夜は、柳田国男(民俗学)を読んで寝ました。安倍晋三さんのいう日本を知るためです」と語りはじめて、驚いた。

 すぐ話は別のテーマに移ってしまったが、この「日本」を考えるとき、確かに、近々の経済活力や教育制度の課題だけでなく、歴史をたどる射程の長い思考も必要だろう、と思う。

 たとえば東日本大震災後、日本人のみせた冷静さについて「縄文、弥生時代からのDNA」とする識者がいた。このDNAのようなものこそ、現状を打破する力になるに違いない。そこで、井上の名が浮かぶ。

 漢字や仏教は大陸から、近代技術は西洋から輸入した日本は、井上の「四聖」のどの本流にもいない。武器となるのは、漢字からカタカナやひらがなを作り、「漢字かな交じり文」で新知識を吸収してしまう消化能力であり、そこに日本文化の秘密がある。

 「中国が科学分野でノーベル賞を取れない大きな理由、わかりますか」という専門家がいた。「漢文の文章表記に苦労しているのです。たとえば、英国のサッカーチーム、チェルシーFCの中国語は『切爾西足球倶樂部』、薬品のペニシリンは『盤尼西林』といった具合だが、これが物理や化学では極めて煩わしい」と。

 一字一字が意味を持つ漢字表記が余計な連想を伴い、研究の邪魔をする。「外来語や科学分野の表記では、意味の透明なカタカナが威力を発揮する。優位性が際立つのです」と説明した。

 日本語の構造が知的な吸収力を生む源である。漢字には、短い熟語で抽象的な概念を把握する力で大いに恩恵を受けた。だが、その言語の可能性を格段に高め、独自の文化を生み出してきた日本人の歴史を、特に、若い人たちには知ってほしい。

 そこから現在の教育を考えるべきだろう。もちろん、日本の思想界で一方の雄となった「孔子」様への敬意も忘れずに…。(編集委員 平山一城)

MSN産経ニュース
----------------------------------------------------------

>武器となるのは、漢字からカタカナやひらがなを作り、「漢字かな交じり文」で新知識を吸収してしまう消化能力であり、そこに日本文化の秘密がある。
>日本語の構造が知的な吸収力を生む源である。漢字には、短い熟語で抽象的な概念を把握する力で大いに恩恵を受けた。だが、その言語の可能性を格段に高め、独自の文化を生み出してきた日本人の歴史を、特に、若い人たちには知ってほしい。

 シナや朝鮮がノーベル賞を取るか取らぬかはどうでも良いが、「漢字かな交じり文」という日本語の表記法は確かに偉大だと思います。
 漢字の音と意味の両方を使って表記された「万葉かな」から模索を続け、平安時代に漢字からカタカナやひらがなを作り、「漢字かな交じり文」という日本語の表記法を確立したご先祖は本当に素晴らしい。
 これによって日本語の基本構造を変えずに、漢字によって抽象的な概念を表し、ひらがなによって日本語特有のニュアンスや擬態語、擬音語も表記出来るようになりました。論理性だけでなく、感情や情緒の表現においては、当時の(今も?)中国語よりも優れていると感じます。
 源氏物語や枕草子といった高度な小説や随筆、日記といった文学を生み出したのも偶然では有りません。
 江戸期の蘭学も、幕末から明治にかけての、科学や技術から法律社会制度に到るまでの欧米文化の吸収においても威力を発揮しました。
 欧米の文化を吸収するにも、あるものは漢字の持つ意味を使って高度な概念を短く表記出来る新しい熟語を作り、またあるものはカタカナを使って、そのまま音を表記し、西洋由来の新しい概念をそのまま示す。そしてひらがなによって微妙なニュアンスの表現も合わせて持つことが出来る。
 「漢字かな交じり文」の複雑さと文法の独自性故に、日本語の習得は難しいと言われます。国際化の障害だと言う人もいます。また、日本語のローマ字表記を提唱する人も居ます。
 でも、私はそうは思いません。この柔軟な表記が、技術立国日本の柔軟な異文化や新技術の吸収力と消化応用力を生んでいるんだと思っています。
 お陰で、どんな学問であれ、技術であれ、あらゆる知識が翻訳されて母国語で読み、学ぶ事が出来る。そして、そこから先は日本語を使って考える事が出来る。
 外国人と接したり、貿易に従事したりする必要が無ければ、一生、母国語だけを使って生きていける。
 世界の覇権国であったこともないのに、これが出来る幸せな国はそうは無いと思います。
 漢字をほぼ失ってしまった韓国は、母国語で抽象概念を表記出来なくなってきていると聞きます。記事中にもあるように、シナはシナで漢文の文章表記に苦労している。
 偉大なる古代文明から連なるインドはどうでしょう。かつて植民地支配をされた英国の言葉を使わずに、近代以降の高度な概念を表記出来るでしょうか。
 それらを考えるに、日本語の、「漢字かな交じり文」という構造は何としてでも守っていくべきだと思います。

http://sns.mynippon.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=667917
SNS−my日本からの転載でした
6 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する