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2018年02月11日23:10

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そろそろ「五代目」が取り沙汰される時期か。

上野動物園、モノレール60年
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4982705
上野動物園の園内で、西園と東園を結ぶ僅か0.3kmのモノレール。昭和32年12月17日の開業から60年余の歴史を重ね、動物園を訪れる人々に親しまれてきた路線ですが、長く上野動物園に行く機会がない私としては運営する東京都交通局の路線としては唯一未踏なのがここ。一見動物園内の遊戯施設のように見えながら、記事も書くように(旧)地方鉄道法→鉄道事業法に基づくれっきとした交通機関である「懸垂式鉄道」で、都電、都バス、都営地下鉄、新交通システム(日暮里・舎人ライナー)を運営する東京都交通局の路線の一つ、その名も「上野懸垂線」と言うのがこのモノレールの“真の姿”と言う次第。つまり、かつての(旧)西武山口線のような「お伽電車のような地方鉄道」みたいな存在の路線で、戦後日本の都市交通のあり方を左右する“重大なミッション”を課せられてスタートした路線でもあったようです。
そのミッションとやらが「新しい都市交通機関の試行」なるものであり、当時の東京都交通局は「路面電車や路線バスは渋滞の影響を受けやすい」との理由からそれらに代わる都市内交通手段の摸索に着手、メインとしては地下鉄としながら、距離の短い区間やさほど需要を見込めない地域については、当時日本では研究途上にあったモノレールを有効とする結論を導き、「都市モノレール構想」なるものを立ち上げたのだとか。それにあたり、東京都交通局は日本車輌と共同で独自に研究を開始し、懸垂式(台車や集電装置を上部に配置し、ぶら下がるように走行する)で車輪にゴムタイヤを採用する独自の方式を採用、「東京都交通局式」として実用化されたのが上野懸垂線だったと言うのがその始まり。
しかし、現実としては都電は一部を除いて都バスや地下鉄に代替され、その一部も荒川線として残存。モノレールとして陽の目を見たであろう地域には日暮里・舎人ライナーなる新交通システムや都営地下鉄大江戸線(都庁前―光が丘)が走ると言うこととなり、都営交通としてのモノレールはここが唯一となりました。
車両は昭和32年の開業から昭和42年に二代目に代替。ところが、昭和55年、当時膨大な赤字に喘いで財政難に陥っていた東京都の財政健全化の煽りを受け、これに折からの施設の老朽化と相俟って、交通局の財政再建計画でモノレール事業の廃止が計画、つまり存亡の危機に瀕することになりました。しかし、強い存続の要望に押されて昭和58年に存続が決定、それを受けて昭和60年に車両を三代目に、さらに平成13年に現行の四代目に代替、何度かのリフレッシュ工事を経ながら現在に至り、動物園を訪れる人々に親しまれ続けている訳ですが、既に四代目の使用開始から17年が経過し耐用年数に達しており、そろそろ「五代目」の新車の話が出ても不思議のないタイミングとなりました。
「五代目」導入となるのか否かは定かではありませんが、このモノレールがいつまでも動物園を訪れる親子連れ達に親しまれることを期待したいと思います。
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