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2018年01月10日08:02

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「ナンシー関の名言・予言」

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霊能者にとって「ホンモノだと思われる」ことは、勝利を意味する。ある意味では、宜保愛子は日本一の霊能者であったと言える。


さて霊能力者だとか超能力者だとか(一緒にしてしまっているわけだが)が「ホンモノだと思われる」ことを目指すとき、一番の障害となるのが「うさん臭さ」だろう。


うさん臭い奴のレッテルを貼られることはかなりのハンデだ。


うさん臭さの根拠となるのは何なのだろうか。どうも「スタイリング」というようなあたりではないかと思える。


服装に代表される身なりと、もうひとつ、その能力の見せ方の構成という意味での「スタイリング」である。


どちらもあまり達者だと「うさん臭い」=「ホンモノだと思ってもらえない」のである。


人情として。


その゛達者゛を感じさせるのは、たとえばいつも頭のセットがキマっている(細木数子)、華美もしくは非日常的な服装センス(いわゆる手品師ファッションに行きつく)、


化粧が素人離れしている(マリー・オリギン他)、妙に手慣れている(営業廻ってんじゃないのか)といった「玄人(プロ)」っぽさではないか。


(宜保愛子・うさん臭さを帳消しにする「素人顔」ー「何をいまさら」に収録・1993年)




■宜保愛子・霊能者。1932〜2003年。コラムでは、続いて、宜保は当時61歳の主婦としては、妙に「スマート」でかなり素人離れしており、

『うさん臭い』という評判に結びつく要素をいろいろ持っていたことに触れる。

そして・・・「が、何故、宜保愛子はそこをクリアクリアし得たか。

それは『顔のつくり』のおかげである。

顔だけが超素人、スマートとは無縁だったからだ。

顔が力ずくで全てを引き戻したと言える。

アンバランスのバランスで、宜保愛子は栄光王冠王冠王冠を手に入れた」と結んでいる。





本P28〜29:転載






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