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2018年01月09日16:08

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曾祖母の死と涙

医療現場「望ましい最期」模索
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4935158

終末期医療は「ターミナルケア」とも呼ばれています。
厳密な定義はなく、「終末期」の意味合いはケースバイケースのようです。
そんな用語解説はさて置き・・・

この問題の最も重要なポイントは、意思と感情の乖離だそうです。
本人の意思としても「過剰な医療はしてほしくない」と思っていても、いざその立場になってみると、「やっぱり少しでもどのような状態でも生きたい」と思うようになることもままあるそうです。
また、家族としても本人の尊厳死を容認していたはずが、いざとなると「生きていてほしい」となる事もあります。その場合、本人の意思と家族の意思に乖離があるケースも多いそうです。
さらに、本人が尊厳死を望み、家族がそれを否定するならともかく、本人は生きたいと思っているのに家族が尊厳死を望む、と言うケースもあるそうです。
このケースに関しては、金銭的な問題や介護疲労などもあり、一概に家族を冷血だと非難する事も出来ないそうです。

「元気なうちに考える」「前もって話し合う」
と言うのはよく言われますし、それが無駄だとも思いません。
ですが、それが理屈ではなく感情で覆るのが、ターミナルケアの難しさだと思います。
全てに当てはまるような正解はなく、その時その時の様々な事情を考慮して判断するしかなく、それでも後悔する事がままある、そんな難しい問題だそうです。


少し論題の違う話ですが。
トム&ジェリーが物心ついたころ、既に痴呆で自分の事が分かっていない曾祖母がいました。
それから十余年。
高校受験を控えた夏に曾祖母は亡くなりました。
まともな会話はなく、祖母と母が苦労して看病している姿ばかり見ていたトム&ジェリーには涙はありませんでした。
それどころか、葬儀で受験勉強の時間がとられる事を疎ましくさえ思えました。
今考えると、何て冷たい感情を抱いたんだろうと自責の念に捕らわれます。

ところがその葬儀の時に祖母と母が涙したのです。
祖母と母にとって、曾祖母は義母であり義祖母です。血のつながりはありません。
その曾祖母を十余年に亘って介護してきました。回復の見込みもなければ感謝もない介護です。
方の荷が下りるとはこの事かな、と思っていました。
ところが、実の子であり実の孫である、祖父や父より涙していました。
それを見て、深い愛情の他に、人の死は無条件で悲しむ物という事を学びました。

さて、話は返ってターミナルケアは、その人の死をどうするか、という問題です。
人は必ず死にます。
ですが、その死に直面した時、本人は家族はどうするのでしょう。
満点という回答はないかもしれませんが、それぞれが少しでも後悔や自責の念がなくなるようにするためには、日々の愛情なのかもしれません。
曾祖母の死、祖母と母の涙を見たトム&ジェリーは、この問題を考える時そう思います。
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