■歌手はしだのりひこさん死去、72歳=元クルセダーズ、「風」「花嫁」
(時事通信社 - 12月02日 19:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4886272
昨日、はしだのりひこさんが亡くなった、享年72。
はしだのりひこさんに「祇園の鳥居」という曲がある。わたしが買ったはしだのりひこさんの�猴0譴離譽魁璽畢瓩任△襦�
「祇園の鳥居」という曲は、16の舞妓の淡い恋心を歌った曲であった。
�爐�三味かかえて 裾はしょり こっぼり からころ からこころ��
というさびの節が今もわたしの脳裏に残っている。
この曲に出会って、数年後、わたしは大谷大学の学生であった。文学部哲学科の編入生であったが、何故か文学科国文学のW教授にかわいがってもらった。
何かあれば、京都四条河原町の裏手にあるスナックに連れていかれた。その店のママは大谷大学の卒業生で北陸の大きなお寺の息子さんであった。
ママは大谷大学で真宗学を学び大学院修士課程を終えて博士課程に進むことを周囲から熱望されていた。しかしあの日、�狃�性として生きる道�瓩鯀�んだ。今でいう�狎�同一性障害�瓩△襪い廊狎�別違和�瓩療�事者だったのかもしれない。
ママは闇で女性ホルモン注射を打ち、睾丸摘出手術も終えていたが、声は男の声であった。わたしはよくそのママの店に連れていかれ、W教授の自宅に送り届けたものである。
わたしが大谷大学を離れて、数年が経ってW教授が急死したという噂を耳にした。そうしてそのことをママに知らせなければと十数年たってママの店があった場所に行ったが、もうママの店はなくなっていた。
�爐┐叩�店がなくなっている��
と、がっくりして大阪に帰る道になぜかわたしの耳奥に、はしだのりひこさんの「祇園の鳥居」という曲のあのさびの部分が聞こえてきたことを覚えている。
あれからもう数十年。わたしが京都に行かなくなって数年になる。きっとあのあたりももうすっかり変わっているだろうと思っている。
はしだのりひこさんの訃報に接し、ふっとそんなことを思い出したのである。
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