mixiユーザー(id:21183267)

2017年11月21日00:14

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エネルギーを見ればその後の歴史の必然性が浮かび上がってきます。

1941年11月26日、当時のアメリカ大統領
フランクリン・D・ルーズベルトは、
アメリカ国民はおろか議会にも
内緒で日本に最後通牒を突きつけました。

これがいわゆるハルノートです。

このノートの存在を現在でも
アメリカ国民の大半は知りません。

ルーズベルト自身もこれが
最後通牒を意味していることはわかっていました。

アメリカは当時、激しいデフレに見舞われており、
ルーズベルトはニューディール政策の失敗による
経済的打撃から一刻も早く回復したいがために、
戦争を欲していたと言われています。

ただしアメリカの国民世論が戦争に反対していたため、
自分たちから戦争を仕掛けることはできませんでした。

だから何としても日本側に先に攻撃させたかったのです。

(結果的に日本は真珠湾攻撃を仕掛け、
 まんまとアメリカの思惑にはまりました)

それまで日本はアメリカの禁輸措置に苦しんでいました。

当時の最も大きなエネルギー源は石油です。

1940年以降アメリカからの資源の禁輸措置が開始。

資源を求めた日本は北部仏印に進駐。

さらに1941年に南部仏印に進駐した結果、
アメリカが1941年8月に「石油」という
決定的な資源の禁輸措置に踏み込みます。

日本は、その石油の90%を輸入に依存しており、
さらにそのうちの80%がアメリカからのものでした。

日本の石油の大半を占める
アメリカから禁輸措置を食らったのです。

日本の貿易高は75%も減少。

経済は音を立てて崩れていきました。

エネルギーである石油がないことは
当時アジアの大国であった日本にとっては致命的でした。

それだけではありません。

さらに毎週のように禁輸項目が追加されていき、
日本はますます疲弊していく一方でした。

この状況の中で、アメリカ内には
一切秘密裏にハルノートが提示されました。

対日禁輸解除、日米貿易回復のために
アメリカが提示した条件はあまりに
ハードルが高すぎました。

アメリカは日本が三国同盟から
離脱することだけでなく、
中国およびインドシナからの撤退を要求しました。

中国とインドシナを諦めよというのは、
日本が1937年からアジア大陸で
積み上げてきたものを全てご破算することと同義でした。

「帝国の存立基盤が脅威に
 さらされていることは明らかである。
 明治大帝の偉業が無になってしまうことになる。
 日本がとるべき道はこれ(真珠湾攻撃)以外になかった」

枢密院議長・原嘉道が真珠湾攻撃前夜にこう語っています。

アメリカは実際、日本が大国のステータスを捨て、
未来永劫に渡ってアメリカに依存する
国になることを要求していました。

アメリカは日本に対して完全に敵対的。

そのような選択は大国のプライドを
持つ国であれば決して容認できるものではありませんでした。

敵意を持つ国家にその経済を無茶苦茶にされ、
国内経済の首根っこを掴まれたままでいる。

日本はアメリカとの戦いを決意しようが、
アメリカの要求に屈しようが、
どちらの選択をしても国家的破滅になることは
避けようがなかったと言えるでしょう。

このエピソードのように、
エネルギーは一国の運命を
大きく左右しています。

特に戦前、日本はエネルギー戦略を誤ったために
戦争に突っ込まざるを得ませんでした。

しかし実は今、その当時よりも日本の置かれた
状況は悪化しています。
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