蟹を食らうのが好きなのである。
子どものころ、たまに父が茹でてくれた毛蟹。
太宰治と壇一雄が新宿の夜店で買ってバリバリと立ち食いしてたという毛蟹。
真っ赤に茹で上がったごんぶとい足のタラバガニや、流麗な肢体のズワイガニ。
ワタリガニならば、炒めても良いし、タイ料理や中華料理にある春雨と蒸した一皿も佳。
韓国料理のケジャンも捨て難い。
養老の瀧の980円の蟹セットも馬鹿にならない。
そんな中、新宿の中華屋、上海小吃で食う上海蟹も、趣があってよい。
紹興酒漬けの酔っ払い蟹も悪くないが、やはり圧巻は蒸し蟹だ。
拳を一回り大きくしたくらいの蟹が運ばれてくると、湯気の香りにすら心躍る。
何の変哲もない白い皿に鎮座した、ほの赤いそのお姿の神々しさ。
こちとら、颯爽と襲い掛かり、そんな湯気立つ蟹を無慈悲に解体する。
甲羅を剥ぎ、まずは裏側にこびりついた味噌を箸でこそげ取り、なめる。
次に半分に割り、黄色く輝いた味噌部分にむしゃぶりつき、すする。
素晴らしいコクと香りに脳内は早々に降伏してしまい、蟹味に占拠される。
普段はあまり美味いと思わない紹興酒だが、
蒸し蟹の味噌のコクと合わせると、無双。
胴体部分の身をすすり、噛み砕き、せせり、ほじくった後は、小さな足も丁寧に噛み砕き、
ほじくり、すすり、味噌のコクとは異なる清浄かつたおやかな旨味を堪能する。
紹興酒は、ここでも蟹のよき友だ。
いつしか、蟹の形は跡形も無く消えうせ、丼に白交じりの薄い赤色をしたキチン質が、
うずたかく積まれている。宴は終る。
可食部分が少ないにもかかわらず、とりどりの味があり、かつ楽しく手間もかかる蟹。
たぶん、紹興酒の酒の肴としては最良のものの一つだと思うのである。
そんなことをだらだらとしゃべっていたら、上海小吃の店長に、
「ゼイタクネー!」
と、ほがらかに笑われてしまったとさ。
蟹などと身分不相応なものを、ほんのときたま食べる機会の、有難さときたら。
ではまた。
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