沖縄史の狭間には「え!」というような信じられない事実が数限りなく存在する。「富山印切手」もその一つ。
これが「富山印切手」である。ヤフオクで売買されている。大日本帝国郵便の切手に「富山」というハンコが押されている。
沖縄戦で沖縄本島は文字通りめちゃくちゃになったが、宮古、八重山は空襲や艦砲射撃である程度戦災はあったが本島ほど酷くはなかった。宮古島郵便局では戦後も戦前の体勢のまま、郵便業務は継続していた。日本政府からは何の連絡もなく、米軍もやってこず、一種の無政府状態のまま継続した。12月8日、ようやく沖縄本島から米国海軍政府の代表が来島し軍政の布告を宣言した。米軍チェース中佐は、業務を継続していた宮古島郵便局の局長代理富山恒仁氏を宮古群島郵便局長に任命した。戦前からの在庫切手が、依然として、そのまま使用されていた。そこへ本土や台湾からの引き揚げ者がやって来た。この人たちが日本の切手やはがきを持ち込んだ。ところがこれは郵便局の収入にならない。苦肉の策として、戦前の切手に局長の富山の認印を押したものを発行して、これのみを有効とした。これが写真の富山印切手である。同様に八重山群島では「宮良印切手」が発行され、また離島の久米島では「久米島切手」が発行された。これらは今でも郵便愛好家の取引の対象とされている。
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