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2017年10月06日21:48

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拡散する光

約束の時間が近づく。
それまで音も光も何もなかった暗黒の空間であった部屋から僅かな駆動音とLEDランプが光り出す。
それは蛍のそれのようだが、紛れもなくコンピュータのステータスランプであり、ルータ、スイッチ等のブート音の鼓動だ。
無数の光と音が部屋の中に充満するが早いか部屋に灯りが点いた。

そこは巨大なサーバールーム。

無人のサーバールームにて、電波時計は10月30日23:58を刻んでいる。

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ある偉大なプログラマーが死んだ。
その偉大なプログラマーはプログラムの祖とも称され、ありとあらゆる言語、コードにいたるまで彼の功績なしには生まれ出でなかったと言われている。

彼は幼少の頃より神童として育った。
両親ともに科学者であり英才教育もあったのだろう、特に数学的な分野に才を発揮し、小学生の頃には大学院を卒業し、プログラミングは既に彼の右に出るものはいなかったとさえ言われる。
現在のプログラムの言われるものが誕生したころ、実用的なプログラミングのコーディングは彼の書いたコードが手本とされるようになった。
そのため、ほぼ全てのプログラム言語は通称「おまじない」と言われるプログラム開始のコーディングから始まる。
「おまじない」のコーディングは基礎中の基礎とされ、現在のプログラムにおいては、省略されることが殆どである。なお、コーディングが省略されているだけでコンパイル時において補完されて実行される。そのため、この「おまじない」自体を知る優秀なプログラマー自体が稀であり、これを知ること自体がステータスとさえなっている。

あるものは「おまじない」についてこう言う。「誰かが決めた決まりごと。無くても問題ないはずなのに、何故だか無いだけでエラーになる。」

またあるものはこう言う。「開始宣言であるが、コーディング時に遵守すべき規約の宣言でもあるから省略できない。但し、規約がたった一つしかない以上あまり意味はない。」

彼は生前、生涯独身を貫いており、趣味もなく家族も早くに他界し、人とのコミュニケーションを苦手としていたため、友人もおらず、天涯孤独の身であった。
当時の同僚はこういう。
「いるのかいないのかすら分からない人だからね。食べることだって効率を重視する。あの人はサンドイッチを毎日お昼に取っているみたいだけど、多分片手で食べられるからとかの理由じゃないかな。ひょっとしたらミキサーにかけてから飲んでるのかも。本当変な人だよ。喋ったことあるのかな。」

しかし彼は恋をしていた。もちろん片思いの恋。意中の女性は彼の勤務先に出入りするパン屋の配達員。そばかすがチャームポイントよく笑う普通の娘であった。

彼は同僚の言うように大変不器用であり人と話をすることすら無駄だと感じていた。しかし一方で、愛嬌たっぷりに同僚等と話す彼女が眩しく、愛おしくすら感じていた。

彼は結局、彼女の電話番号すら聞き出すことはできなかったが、彼女が大きな声で話している内容から誕生日と好きな食べ物は確認することができた。
そして毎年ハロウィンパーティを楽しみにしていることも。

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彼が30代の頃、戦争が起きた。
彼の勤務する研究所は閉鎖され、軍でインターネットの開発に従事した。今のインターネット社会も基礎を築き上げた。
しかしながら、彼女とは離れ離れになった。
彼は彼女のことが忘れられず、毎日無心で自分で美味しくもないサンドイッチを作っては齧りつづけた。

そんなある日、研究所に爆弾が落ち、死を覚悟する事件があった。
彼は瓦礫の中で、死ぬ前に一度、いや死と引き換えにでも彼女に一目会いたいと強く願った。
しかし、一目会い、思いを伝えたところで、人を幸せにする能力が欠如している自分では彼女を困らせるだけだ。自分が彼女に釣り合わない以上、思いをそっと一方的に伝えるだけでいい。
そうだ。むしろ私が生きた証拠として彼女に誕生日プレゼントを贈ろう。

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だから、私が死んだら、10月31日の彼女の誕生日にプレゼントを。
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「おまじない」はありとあらゆる全てのプログラムに含まれる。
スーパーコンピュータから子供のゲームまで。
車も街の灯りも監視カメラも、テレビや電車、ラジオにATM、飛行機も、発電所や。巨大なテーマパーク、ロケットだって人工衛星だって全て、何もかも。何かしらのプログラムで実行される。そしてオンラインであれば、外部からの情報が受け取れる。

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偉大なプログラマーが死んだ。
そのニュースは世界中を駆け巡り、誰もが知るところとなった。
人々が歴史上の人物の命日を知るように、伝説となったプログラマーもまた、人々の記憶から薄い存在ではあったが、教科書に名前の載る程度ではあり、隣国の国会議員よりは有名だった。
そんな人物の死を世界中が受け入れるころ、世界中のプログラムがある一定の条件を満たした。

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サーバールームの駆動音が加速する。
街の灯りが一斉に消えたと思った瞬間全ての灯りが一斉に灯り出した。
光は全世界から宇宙ステーション、ありとあらゆるネットワーク網を伝うように広がって行く。

プログラムソースネーム「ハッピーハロウィン」

カウントダウンが始まる。
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