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2017年09月26日13:14

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【創作】竜喰いのリド  episode1-A:鈴木健太と選ばれし仲間たち【その2】

【創作まとめ】
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【前回】
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 異世界から来たことを告げると、リンゼとカリファの二人は特に怪しむ訳でもなく、すんなりと受け入れてくれた。
 なんでも俺のように異世界から来る人間は、珍しくないらしい。
 どうなってんだ、この世界。
 二人に連れられ俺は近くの街に来ていた。
 二人が拠点としている街に。
「えーと、ケンタさん」
「ん、なんだ?」
「これから会ってもらう方は私たちの雇い主。冒険会社の社長さんです」
 リンゼが言うには、冒険会社の社長は異世界からの来訪者の保護もしているらしい。
 この世界では文無しの俺にとっては渡りに船ってやつよ。
 もっとも、日本にいても132円しか持ってなかったけどな。
「いい? 社長に変なことしたら、タダじゃおかないからね!」
「へいへい」
 カリファが念を押してくる。
 いくらニートゲーマーだった俺でも、そこまで不作法じゃない。
 手を差しのべてくれる人に対しては友好的に接してみせるさ。
「ここです」
 そう言われた建物は、木造二階建てのなかなか立派な建物はだった。
 ここに異世界からの来訪者を保護してくれるという社長が居るのか。
 日本に居た際、ロクに就活もしなかった俺としては、いきなり会社のトップと会うってのはなかなか抵抗があるものだ。
「な、なあ、社長ってどんな人なんだ?」
「とても聡明で優しい人ですよ」
「なにアンタ、ひょっとしてビビってんの?」
 俺の緊張に気付いたのか、カリファがニンマリと口元を押さえながら煽ってくる。
「バ、バカ言ってんじゃねえよ。だ、誰がビビってるってんだ」
「どもってるわよ」
「う、うるせえ。だだだ大丈夫に決まってんだろ」
「どうだか」
 リンゼが言うには聡明で優しい人ってことらしいが、実際のところはどうなんだろう。
 正直に言うと、社長ってのは傲慢で人を見下したような感じのイメージがある。
 なんせ人を顎で使ってるような人種だからな。
 そんなヤツに使われたくないという想いもあって、俺は頑なに就職しなかったんだ。
 ま、まあ、ゲームをやる時間が削られるのが嫌だってのと、汗水かいて働くことが馬鹿馬鹿しく思えて働く気になれなかったってのも少しあるけどな。
 あくまでも少しだけだ。
「心配しなくても大丈夫よ。社長ならきっと悪くしないって!」
 他人事だと思ってカリファは呑気に促す。
「まあちょっとエッチなのが珠に瑕だけどね」
「ふふふ、そこも含めて親しみやすいんですけどね」
 なんだと!?
 ちょっとエッチなのが親しみやすいだと!?
 どうなってんだ、異世界!
「つまりアレか? セクハラされて嫌なんだけど感じちゃうらめええええッ!ってやつか?」
「は? なに言ってんの? バカじゃないの?」
 カリファがまるでゴミを見るような侮蔑に彩られた冷視線を向けてくる。
「なんだよ、違うのか? その社長の指示で痴女みたいな格好をしてるんじゃないのか?」
「そんなわけないでしょ。アンタには一度教育が必要なようね」
 指をポキポキと鳴らしながらにじりよるカリファ。
 お前、一応は魔法使いの設定じゃないのか?
「社長は少しエッチですけど、そんな人でなしではありませんよ。きっとケンタさんも会えばわかりますから」
「そういうもんなのか?」
「そういうものです」
 カリファにヘッドロックをかけられながら、リンゼに頷いてみせる。
「おい痴女。俺に横乳を当てて楽しむ遊びは後で存分に相手してやるから、とりあえず社長とやらに会いに行くぞ」
「ちょっとアンタ何言ってるのよ!」
 俺の言葉にカリファは飛び退くように後ずさる。
 ふむ、技をはずされるとあの柔らかい感触が名残惜しいな。
「ではケンタさん、こちらです。ただいま戻りましたー」
 リンゼは冒険会社の扉を開け、俺の手を引きながら中に入っていく。
 中は綺麗に片付いており、受付けロビーといった感じに整っていた。
「あらリンゼさんにカリファさん、お帰りなさい。随分と早かったですね」
 奥から高そうな深紅のドレスに身を包んだ、金髪ロングの美少女が出てきた。
 なんだこの会社、美少女しか雇ってないのか?
「おや、こちらの男性は?」
「アルトリアさん、ただいまです。こちらはスズキ・ケンタさんと言いまして……」
「リンゼさんのイイ人ですか? まあまあまあ!」
「いえ違います」
「確かに違うが即答されると少し傷つくぞ」
 アルトリアと呼ばれた美少女は両手を合わせてニコニコしている。
 きっとこの手の恋バナとか好きに違いない。
「リンゼさんのイイ人ではないとすると……カリファさんのイイ人ですか! 今夜はお祝いしないといけませんね!」
 アルトリアはルンルンという擬音が聞こえそうなスキップで奥に去っていこうする。
「違うから! アルトリアさん、待ってよ」
「だから即答されると少し傷つくんだが」
「うっさい! アンタは少し黙ってなさい」
 カリファは咄嗟にアルトリアを引き留める。
「違うんですか? えー、せっかく社長様に報告しようと思ったのに」
「変な報告しなくていいですよ。社長に誤解されたくないんですから」
 残念そうに口を尖らせるアルトリア。
 冒険会社と聞いて、屈強の戦士たちがひしめく男臭い会社だと思っていたのだが、随分とアットホームな感じなんだな。
「この方はアルトリアさんと言いまして、社長さんの秘書をされてる方です」
 カリファとアルトリアが漫才をしている横で、リンゼが紹介してくれた。
「ふむ、美少女秘書か」
 特に深い意味は無いが、エロい妄想が捗りそうだな。
「アルトリアさん、こちらはケンタさんと言いまして、異世界から来られたそうです」
 続いてアルトリアに俺を紹介してくれる。
「スケベで変態だから気をつけてくださいね」
「おいカリファ、誤解を受けるような紹介はやめてくれ」
「誤解じゃないわよ。魔法師のローブをいきなりめくるとか変態そのものじゃない!」
「あんなエロい格好してたら確認したくもなるわ!」
 ついカリファが絡むと売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまう。
「まあまあ、ケンタさんは異世界から来られたんですよね? ならこの世界の常識を知らなくても仕方ありません。でしょ?」
 アルトリアは諭すように、カリファを嗜める。
「それはそうかも知れないけどー」
 アルトリアの言葉にカリファは膨れっ面だ。
「そうだそうだ! 俺はこの世界に来たばかりで何もわからないんだ。だから俺は悪くない!」
「うっさい黙れ!」
 それでもカリファは納得いってないようだった。
 まあ無理もないか。
「と・こ・ろ・で♪」
 アルトリアはくるりと俺に向き直る。
 風にのってふわりと薔薇のような甘い香気が鼻をくすぐる。
 その甘い香気とは裏腹に嫌な予感のする、なんだか楽しそうな笑顔をしながら。
「この世界では魔法師が異性にローブの中を見られたら、その相手と結婚しないといけない決まりがあるんですよ」
「なんだとッ!?」
「いくらこの世界に来て知らなかったとはいえ、決まりは決まり。彼女からすれば知らなかったでは到底済まされません。責任を取ってもらわないといけないと思いませんか?」
 なんだその星座の鎧を着た女仮面戦士みたいな設定は!
 あんな気が強そうな女……いや、鈴木健太よ冷静になれ。
 俺はカリファの顔を改めてまじまじと見つめる。
「な、なによ?」
 ふむ、顔は割りと好みだ。
 しかも体つきはダイナマイトボディで文句なしだ。
 露出癖に関しては後で調教するとして、あのワガママボディを好きに出来るのなら悪くもないか。
「カリファ。お前のエロいその体、俺は好きだぜ!」
 グッと親指を立ててナイスガイなアピールをしてみせる。
 これでカリファも俺にメロメロに違いない。
「バッ、何言ってんのよ!」
 カリファは顔を真っ赤にしながら反論する。
 おやおや、可愛い一面もあるじゃないですか。
「だいたいその話、嘘だからね!」
「なん……だと!?」
「前もしっかり閉めてないのに、中を見られたくらいで結婚とかリスク高すぎるわよ」
「たしかに、魔法? を撃つときにはためいてたもんな」
 なるほど、これは一本取られたな。
 さしずめ、何も知らない事を盾に好き放題しないように、という戒めの意味をこめてアルトリアは言ったに違いない。
 だがしかし!
「俺はそんなこと気にしないぞ。カリファ、結婚しよう。俺はお前のエロい体を色々楽しみたい!」
「するわけないでしょ!」
 答えるや否や視界が暗転する。
 一瞬遅れて激痛が顔面に襲いかかる。
 カリファの見事な右ストレートが俺の顔面に突き刺さった証拠である。
 当然、俺は盛大に吹っ飛ばされる。
「お、お前な。プロポーズの答えが全力パンチとかありえねえだろ」
「黙れ変態!」
「あらあらまあまあ、これはやっぱり今夜はお祝いしないといけませんね!」
「しなくていいですから!」
 再びルンルン擬音をさせながら奥に消えそうなアルトリアを必死に引き留めるカリファ。
 本当にアットホームな職場だな。
「まあ結婚のことは後ほど考えるとして」
「考えないからね!」
 俺達の様子を見守っていたリンゼが割って入る。
「社長さんから、異世界からの来訪者は率先して保護するように指示されています。ケンタさんのこと、取り次いでいただいてかまいませんか?」
 さすがリンゼ、カリファと違ってしっかりしている。
 脱線しまくりの話を元に戻してくれた。
「わかりました。では社長様に確認してきますね」
 アルトリアも業務モードに戻ったのか、先程までの笑顔とは違ってキリッとした表情でこたえる。
 さっきまでは可愛らしい印象だったが、今は可愛さよりも美しさが先に立っている。
 表情だけでこんなにも印象が変わるものなんだな。
「いよいよか」
 アルトリアが奥に消えるのを待って、俺は呟く。
 冒険会社シャインウォールを束ねる社長。
 きっと海千山千の猛者に違いない。
 俺はこれから対峙する相手を想像して緊張を隠せないでいた。
「社長様はお会いになるそうです。どうぞこちらへ」
 戻ってきたアルトリアが誘導してくれる。
「緊張しなくても大丈夫ですよ」
「そうそう、社長って意外と砕けた性格だしね」
 俺の緊張を感じ取ったのか、リンゼとカリファが声をかけてくれる。
 リンゼはともかく、カリファもなんだかんだ言いながらも優しいんだよな。
「社長様はケンタさんとお二人でお会いになるそうです。なのでリンゼさんとカリファさんはご遠慮願いますね」
「えー」
「どうしてですか?」
 二人は明らかに不満の色を見せる。
「なんでも男同士の大事な話があるそうですよ? だから案内が終われば私も追い出されますので我慢してください」
「はーい」
「それなら仕方ないです」
 二人で社長と会う。
「改めて緊張するな」
「あらあら。ケンタさん、頑張って下さいね」
 俺は社長室の前に案内された。
 さて、鬼が出るか蛇が出るか。
 俺は扉に手をかけた。


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 俺は自分の目を疑った。
 目の前の男が本当に社長なのかと。
 普通、冒険会社の社長と言えば、筋骨隆々の屈強の男を想像するだろう。
 しかし目の前の男は、そのイメージの真逆を行くようなモヤシ男だった。
 背広に似た独特のスーツを身に纏い、眼鏡から覗く瞳はにこやかに笑っていた。
「君がスズキ・ケンタ君かい?」
「え、ええまあ」
 イメージと違ったとはいえ、目の前の男はリンゼやカリファのような冒険者を束ねる男だ。
 見た目がモヤシ男でも、きっと強いに違いない。
 油断せずに挑まねばなるまい。
「いやー、会えて嬉しいよ。山賊に襲われたんだって? 大丈夫? 怪我は無いかい?」
 社長は一気に距離を詰め、俺の体の無事を確かめるようにベタベタと触ってくる。
「だ、大丈夫っすから」
 俺は咄嗟に身を離し距離を置く。
「ああ、いきなり体触ってすまなかったね。僕はこういう者だよ」
 名刺、この世界でもあるんだ。
 意外なところで日本に似た親近感を感じるな。
 俺は名刺を受け取り読み上げようとする。
 が、読めない。
 見たこともない文字が羅列されていた。
「ああ、ゴメンね。転生したばかりなんだし、この世界の文字とか読めないよね。僕はブックマン。この冒険会社シャインウォールの社長をしている」
「は、はあ。鈴木健太っす」
 なんというか、覇気を感じさせない人だな。
 本当に冒険会社の社長なのか?
「心配しなくても大丈夫だよ。僕が正真正銘、この会社の社長だよ」
「ッ!」
 こいつ今、俺の考えを読んだのか?
「そんなに警戒しなくても大丈夫たよ。君があまりに不安そうな表情をしていたから、ついね」
「ついって……心を読めるのか?」
「いやいや読めないよ。ただ長年クライアントとの交渉とかしていると、相手の表情で何を考えてるのか、なんとなく解るだけだよ」
 すげえな、冒険会社社長。
「別に凄くないよ。僕は社員の皆と違って戦う人間じゃないからね。臆病者の処世術みたいなものだよ」
「って俺の心の声と会話してるし!」
 完全な心読まれてるじゃねえか。
 やりにくいというか、気持ち悪いな。
「気持ち悪いとか心外だな。傷つくよ」
「それッ! 勝手に俺の心読まないでくれ!」
「ああゴメンね。普段は控えてるんだけど、転生者に会えて少し舞い上がってしまったようだね。申し訳ない」
 ハンカチで汗を拭きながら眼鏡の位置を直す。
 なんというか、俺の知る社長っぽくないな。
 社長と言えば、もっと偉そうに威張ってるようなイメージだったのだが。
 って迂闊なことを考えるのはヤバいな。
 からくりはよくわからないが、こっちの思考は筒抜けなのだから。
「まずは落ち着こうか。そこの椅子に座ってね。おっと先にお茶を煎れないとね。えっと御茶っ葉はどこだったかな。いつもアルトリア君に任せてるから、こういう時にわかんないんだよね。困ったなー」
「いやアンタこそ落ち着け」
 この男に保護されて大丈夫なのだろうか。
 男の様子を見れば見るほど不安にかられる。
「ああゴメンね。手間取っちゃって。ところでスズキ君」
「なんですか?」
 ブックマン社長の眼鏡がキラリと光る。
 間抜けな言動でこちらを油断させておいて、真相を聞き出す手法か?
 って何の真相かはわからんがな。
「珈琲と紅茶、どっちが好みだい?」
「もうお茶から離れろよ!」
 結局、アルトリアを呼び戻してお茶を煎れてもらうことになった。
「あらあら社長様ったら、一人でお茶も煎れられないなんて。いつも言ってるように、おはようからお休みまで全てお世話して差し上げてもいいんですよ?」
「そうやっていつも僕をからかって遊ぶのはよしてくれよ」
「私はいつでも本気にしてくださっても構いませんよ」
「いいから、お茶煎れ終わったら出ていってくれ」
「あらあら、残念ですわね」
 そう言い残すとアルトリアは再び席を外した。
 なんだ今の会話は。
 やはり社長と秘書の爛れた関係ってやつなのか?
 しかもあんな美少女とだなんて、羨まけしからん!
「アルトリア君はいつもああやって僕をからかって遊んでいるだけだよ」
「そうなのか?」
 遊びでも冗談でもいい。
 あんな美少女に言い寄られてみたいものだ。
「さて、何から話したらいいかな」
 ブックマン社長は俺と向き合うようにソファーに腰かけると、膝に肘を乗せて手を組み俺を見据える。
「この世界において、異世界からの転生者ってのは珍しくないんだよ」
「らしいな」
 その辺はリンゼとカリファから聞いている。
「そして転生者には幾つかの共通点があるんだ」
「ちょっと待ってくれ、さっきから俺の事を転生者って言うけど、それじゃまるで元の世界で死んだみたいじゃないか」
 俺は気になっていた事をそのまま口にする。
 死者転生という言葉があるくらいだ。
 あまり自分に使われて気持ちいい言葉ではない。
「ああゴメンね。そこから話した方がよかったよね。なんせスズキ君は何も知らないわけなんだから」
 ブックマン社長は湯飲みを持ち上げ、一口お茶を飲む。
 そこから立ち上る湯気が眼鏡を曇らせ表情が見えなくなる。
「スズキ・ケンタ君、驚かないで聞いて欲しいんだ。君は元の世界で死んだ。そしてこの世界、マギアルクストに転生してきたんだ」
「え? はああああああああああ!?」
 俺が死んだ?
 こんなにピンピンしてるのに?
 いやいやあり得ねえだろ?
「ああゴメンね、自分が死んだと聞かされて驚くなって言う方が無理だよね」
 俺は体のあちこちを見回して確認する。
 頭、問題ない。体も痛いところは無い。
 一通り見回したが、どこにも異常は見当たらない。
 うん、間違いない。
「生きてるし!」
「このマギアルクストに新たな生を受けたからね。でもね、元の世界では君は死んでいるんだ」
 それでもブックマン社長は繰り返す。
 俺が死んだと。
「まあ、これは色んな転生者に話を聞いて解ったことなんだけどね。今まで僕が会った転生者は全て元の世界で、アホみたいなしょうもない死に方をしているんだ」
「ちょっと待て。言うことかいてアホみたいなしょうもない死に方とか、いくらなんでも言い過ぎだろ」
 人の死をなんだと思ってるんだ。
 気弱そうな物言いな分、冗談に聞こえないんだけど。
「ではスズキ君の記憶に残る最後の記憶を思い出してみてくれないかな」
 あくまでもアホみたいなしょうもない死に方を推したいのか?
「俺は買い物に出かけた帰りに、トラックに轢かれそうな子猫を助けようと飛び出した」
 買い物の内容は省略した。
 テレビゲームとか言っても理解できないだろうからな。
「なかなか勇ましいね。誰にでも出来ることじゃないよ」
「ま、まあな」
 普段は絶対にしないが、ゲームの内容にあてられてヒーロー気分になっていただけなのだが。
「それで?」
「気がついたらこの世界に居た。俺は子猫を助けてトラックに轢かれて死んだってことか?」
 そこで記憶が途切れているから、そう言われると、そう思ってしまいそうだ。
 だがブックマン社長の見解は違うようだった。
「本当にそうかい? もっとよーく思い出してみてくれないかな」
「なんだ? カッコいい死に方が気に入らないのか? 俺としては死んだこと自体信じてないんだけどな」
「まあまあ、もう少しだけ。ね?」
 ブックマン社長は退かない。
 気弱そうな印象のせいか強引には感じないが、それだけにじわじわとにじり寄られているような気になる。
「えーとだな、俺は子猫を助けようとして……あれ?」
 助けようと考えたところまでは覚えてる。
 でも助けたっけ?
 人は嫌な記憶は忘れたがると言う。
 俺は思考にかかったモヤを払いのけるように、思念の海に潜っていく。
「助けようとして……でもトラックに驚いた子猫が驚いて反転して飛びかかってきて……」
 意識を集中することで閉ざされた記憶の扉が少しずつ開いていく。
「それに驚いて俺は足を滑らせて転んで……落ちていた石に頭をぶつけた……」
「なるほどね」
「…………」
「…………」
「アホみたいなしょうもない死に方だったーッ!」
 穴があったら入りたい気分だ。
 こんなアホみたいた恥ずかしい死に方とかありえねーよ。
「これは僕の推測なんだけどね。元の世界で天命をまっとうできず、寿命が残っている状態で死んでしまった才ある者が、このマギアルクストに転生してきてるんだと思っている」
「慰めはよしてくれ」
 才ある者とかいわれても、素直に飲み込むことが出来ない。
 なんせアホみたいなしょうもない死に方をした人間だからな。
 天才には天才に相応しい死に方とかあるはずだ。
「実はね、僕も転生者なんだ」
「え?」
 ブックマン社長は独り言のように呟く。
「僕の場合は君たちと違って、自分に関する生前の記憶が無いんだ」
「記憶が無いだと?」
 自分の名前も何も解らない状態で異世界に放り出されたら、どれだけ不安になるのだろうか。
 なんせ記憶がある状態でもかなりパニクったからな。
「ああ、気がついたらこの世界に一人で立っていて、途方に暮れた。そんな僕に声をかけてくれたのがアルトリア君なんだ」
「そうだったのか」
「幸い、自分に関する記憶が無くても、会社経営等の知識は残っていてね。それでアルトリア君に事情を話して手伝ってもらい、今に至るんだ」
 ブックマン社長はお茶を飲む。
 再び湯気が眼鏡を曇らせ、表情が見えなくなる。
「このブックマンって名前も本名じゃない。会社を経営するのに必要だったから、便宜上つけたまでさ」
 そこにあるのは悲しみか、それとも……。
「だからかな、同じような身の上の君を放っておくことが出来ないんだ。だから君に協力させてほしい」
 なるほど。
 何も知らない転生者を保護する理由、か。
 てっきり何も知らない俺を利用して、危ない仕事等をさせるのではないかと疑っていた。
 だけど彼が俺と同じ転生者なら信用してもいいのかもしれない。
「わかった。俺もいきなりこの世界に放り出されても、右も左も解らないからな。よろしくお願いします」
 真摯な彼の視線に、俺は深々と頭を下げる。
「頭を上げてよ。困った時はお互い様だよ」
「そう言ってくれると助かる」
 保護されたのがこの人で良かった。
 もし山賊たちにあのまま拐われていたら、今頃どうなっていたかわからないからな。


その3へ続く
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