◆4日目
5:30/起床⇒6:00/朝食⇒8:30/横尾山荘(標高1620m)チェックアウト⇒9:35/徳沢
(標高1562m/ここで9:50まで小休止)⇒10:50/明神(ここで11:05まで小休止)⇒
11:55/ビジターセンターで全員合流12:05/上高地バスターミナル(標高1505m)へ
帰還
続きました。
【ぢごくの帰り路】
地獄ってほどではないのです。なのでじごくです。ぢごく。「ウォリアーズ」って昔の映画がありましてね、ウォルター・ヒル監督。地獄の帰り道と言うとこの映画を思い出す。まあそんなことはどうでもよろし。
12時前に涸沢小屋に帰還。往復の所要時間は5:45。コースタイムは4:55。初めてにしては上出来じゃないでしょうか。とにかく無事、ピークを踏んで戻って来れた。達成感より安心感の方が大きい。自分以外の3名はもう出発の支度をしてテラスのベンチに居た。最後のQSOでOG原さんから「相談がある」と言われていたので、先に用を済ます。大したことでは無かった。横尾山荘に予約の電話をしようとしたら、docomoはダメなので代わりに電話をして欲しいとのこと。1名遅れて到着するが、4人です、と予約を入れる。
とにかく腹が減ったのでカレーを注文してテラスで食べる。旨い！
「じゃあそろそろ出発しますので、後程。横尾山荘で会いましょう！」
3人は涸沢を降りて行った。食事を終え、一服しながらテラスから回りを見渡す。カールは完全にガスに包まれて穂高の稜線はもう見えない。常念の方も雲の中だ。空が低い。これはやはり、予報通り午後から降り出す感じだ。デポした荷物を回収しに小屋に入る。テラスにはもう客はほとんど居ないので、テーブルとベンチの上に荷物を広げてパッキングをし直す。この時、あまりに足が痛いので、靴と靴下を脱いで裸足になった。スースーして実に気持ちいい。懸念の右足の小指の爪は、見た目は何ともない。しかしわかる。去年と同じだ。去年は左足の小指だったが、この後血豆で爪が真っ黒になるのだ。そして剥がれる。ヤダなー。元に戻るのに2ヵ月以上かかるのよ。独りベンチでほげほげしていると、パラパラと降って来た。急がないとなあ、なんてそのまま片付けをしていると、大粒の雨がバラバラと降ってくる！こりゃアカン！散らかした荷物を取り合えずザックに詰め、小屋に駆け込む。中のベンチで再度荷物を広げてパッキングを再開。もうここからは雨なので、レインウェアを上下着込み、ザックカバーを付ける。
テラスに戻ると、雨は止んでいた。最後に涸沢カールを写真に収める。小屋に一瞬顔を入れ、小屋番の方にお世話になりました、と挨拶。
午後１時10分。涸沢小屋(2350m)より、横尾に向けて下山開始。
石段をテクテクと下って行く。まばらだが、テント場にはまだテントがいくつも張られている。これから大荒れになるのに、滞在するのだろうか？まあ人の事を気にしている場合ではない。本降りになる前に自分も一刻も早く降りなくては。しかし足が痛くて思うように歩けない。右足の小指の爪。マジで痛い。ポールを出したので少しは楽になるが、北穂のピストンで腕も相当疲労しており、ポールに体重を預ける様な歩き方が出来ない。仕方ないのでヨチヨチとカタツムリの様な鈍足で石段を下って行く。後ろから来た人たちに何人も追い抜かれていく。すれ違いでは必ずこちらが止まって、対向の人たちに先に行ってもらう。こんな天気でもこれから上がって来る人たちがこんなに沢山いるのか。まあ世間では今日が3連休の初日だからなあ、当然っちゃ当然か。
振り返ってももう、涸沢が見えない位置まで下ってくると追い抜く人もすれ違って行く人も居なくなった。誰も居ない。自分一人だけだ。雨は微妙な感じでレインウェアのフードを被るか被らないか迷う雨量。霧吹きをかけた様に足元の岩は濡れて光っている。
「足を雑に置かない。足を雑に置かない。」
再び念仏を唱え始める。それにしても何だろう、この疲労感は。体が疲れているのではなく、精神が疲労している感じ。風邪気味で熱っぽい時の感じにも似ている。こんな状態は初めてだ。おそらく長時間の緊張を強いられたせいだろう。危険個所の通過で神経を使う、のではなく、転倒NGなルートにつき最初から最後まで緊張しっぱなし。初めての場所に一人で、かつ天気とにらめっこしながら常に時間を気にするプレッシャー。それでいて焦ってはいけないという相反する状況。そんなのが6時間も連続したのだ。槍ヶ岳山行の時の東鎌尾根も難所が連続する岩尾根だったが、快晴で天気の心配も時間的制限もなく、伸び伸びと楽しく登ることができた。今回はそれが無いのが大きい。いずれにしても免許を取って初めて一人で車を運転した時がこんな感じだった。往復100km走って戻ってきた時のドッと出る疲労感。俗に言う「心労」ってやつなんだろうか。
しかもまだ終わりではなく、これから歩くルートも雨で濡れた岩の上なので気を緩めることは出来ない。加えて足の痛みにも耐えないといけない。多分精神がキャパオーバーになっている。本当にしんどい。雨のせいでまとまった休憩を取ることは出来ないので、足の痛みもありとにかくゆっくりと歩き続ける。何度かスマホの地図を確認するが、全然距離が進まない。痛い右足を庇っておかしな姿勢で歩いているせいか、だんだんと腰や背中が痛くなってくる。明らかに身体の左右バランスが悪い歩き方だ。知らぬ間に雨も本降りとなっている。本谷橋が遠い。全然着かない。しんどい。歩く気力が全く沸かない。意識を集中しないと右足の小指の爪が痛くて辛い。頭の中ではなぜか「私はピアノ」の1フレーズ目が無限ループを始める。なぜこの曲なのかはわからないのだが、エンドレス脳内再生で自分では止められない。そこに例の念仏「足を雑に置かない」が被さるようにリフレイン。雨。霧。川の音。森の中の道を独り歩く。何か自分、大丈夫か？おかしくなって来てないか？
やっとのことで本谷橋に到着。涸沢小屋から2時間もかかってしまった。
なぜか本谷橋に着いたら休憩出来る、って思いこんでいた。開けたロケーションの大休止適地ですから。でも森から抜けたら雨がザーザーだよ、休むどころかさっさと通過して森に入らないと雨が酷い。吊り橋を渡った所で無理やり行動食を口に放り込む。上下レインウェアのサウナ状態でかなりの発汗量なのに、全然喉が渇かない。疲労しているはずなのに食べたいと思わない。やばいんじゃね、これ？ってことすら、だんだん思わなくなってくる。本谷橋からしばらく進んだ先、登山道上に大きめの岩がある。ついにそこへ座り込んでしまった。立ち上がる気力も歩く気力も無い。どうにもならないので雨に打たれながら岩の上に座り込む。こんな経験は初めてだ。過去にも辛い山は沢山あったが、こういう精神状態になったことは一度も無い。唯一の救いは今日はあと横尾まで出ればご飯とお風呂にありつけ、ゆっくり眠れることだ。上高地がゴールだったら無理だったかも知れない。
無理やりハイドレーションの水をちゅるちゅると飲む。おいしくない。10分ほどで何とか立ち上がり、ヨタヨタと歩き出す。無線でコールする気力も無い。這う様な気持ちで歩を進めると、岩小屋跡に到着。おー、ここまでくればあと少し！後はまっ平な道を15分も歩けば横尾大橋だ！やっと気力が戻って来た。「私はピアノ」の脳内再生無限ループと念仏が止まった。体に力が戻って来た！よし、あと少しだ、歩こう！頑張れオレ！雨の降りしきる森の中を歩く。右側は煙っていて屏風岩は見えない。しばらく進むと森の中から開けた空間が見えた。
「お、おぅ・・・よ、横尾大橋や〜！」
橋の前に立つと、正面に横尾山荘が見える。
「ファンタズム」というホラー映画をご存知か？ドン・コスカレリって監督が1979年に撮った映画でシリーズ全4作。個人的に大好きなホラー映画なのだが、真っ白な部屋の中に2本の銀色のポールがある。これが音叉みたいになってて、両手を置いて音が止まるとポールの間に異世界が広がる。ボロ頭巾を被ったドワーフみたいな小人が奴隷の様に使役されているのだが、そっちの世界から覗くと真っ赤な荒野に銀のポールが2本あって、その間にこちらの世界が見える。まさにそれだった！この時自分には、横尾大橋の橋脚がそのポールに思えた。横尾山荘が元いた世界。戻って来た！異世界から戻ってきた！自分はマイク少年なんじゃないだろうか？
吊り橋を渡り石段を下りる。凱旋だ、これは正に凱旋！村人が出迎えてくれるんじゃないか？ドラクエ的世界観だと、村の子供たちが走り寄ってきて、
「みんな、勇者だよ！勇者が村に帰ってきたよ〜！」
みたいな歓迎を受けるはず！
は？さっきから何を言っているのだ。うーん、自分。頭大丈夫かいな？
横尾山荘の軒下でザックカバーを外し、水をはたく。レインウェアの上着も同様に。
「つ、着いた。や、やっと・・・着いたンゴ。。」
玄関の引き戸を開ける。
ｶﾞﾗｶﾞﾗｶﾞﾗ
「うぅ。も、もう。休ませて・・・ｸﾚﾒﾝｽ。。」
午後4時15分。横尾山荘に辿り着いた。
【負傷者】
中に入ると正面の談話室で3人が既に飲んでご機嫌になっているのが見える。OG原さんに声をかけ、受付を済ます。既にチェックイン済みとのことなので、後は前回と同じルーチン。まず、部屋に行く前に濡れ物を全て乾燥室へ。談話室へ行き、先行3名に帰還の報告。舞Tさんが部屋まで案内してくれた。前回と同じ二段ベッドの8人部屋だが、たぶん使うのは自分達だけだろうとのこと。ベッドにザックを置き、着替えを出す。
上高地にデポしてきた松本に出てからの着替えとは別にワンセット、着替えは一式必ず持ち歩いているのだがやはり正解。山服は上下とも湿っているので、乾燥室へ。そして風呂へ直行。昨年もそうだけど、横尾に泊まる時ってだいたい雨で予定変更を余儀なくされた時なんだよね。なので横尾山荘のお風呂は本当にありがたい。別棟のお風呂にそそくさと移動、湯船に浸かる。気持ちええ、リアルに生き返る感じ。マジでここはオアシスなんだ、きっとそうだ。石鹸やシャンプーはNGだけど、湯船に浸かってシャワーで頭から流すだけでどれだけサッパリするか。山の中のお風呂、最高だよ。下界にいたらお風呂のありがたみなど実感出来ないもの。
それにしても今日は10時間以上も行動してたのか。久々の長丁場だった・・・。
綿のTシャツと短パンに着替える。この綿の肌触り、ホッとする。運動には向いてないけどね。自販機で缶ビールを買って談話室へ。無事3人と合流して乾杯。冷えたビールが五臓六腑に染み渡る。下山⇒風呂⇒ビール！何度も言うようだが、最強のコンボです。
「ねえねえ、見てコレ！やっちゃったよ〜！」
唐突に舞Tさんが左肘を見せる。肘から手首まで広範囲に擦り剥けてる。そして右手の薬指。関節が盛り上がってパンパンに腫れてる。聞くと帰路ですっ転んで左腕を派手に擦り剥き、右手を突き指したとのこと。突き指というか、どう見ても骨折してねえか？これ。大丈夫なの？呑気に酒飲んでて。
「指曲がらないけど、触らなきゃ痛くないからヘーキヘーキ！」
いや、平気じゃないっしょ。夕食後、部屋に戻って取り合えず傷の手当てをする。HGさんが超大判の傷パワーパッドを持ってたのがとても助かった。自分も持ってきているが、小さすぎて今回のケガには使えない。傷が深そうな肘部分に貼って、他は消毒してテープでガーゼを当てた。これで浸出液とか血が服に着いたりはしないだろう。で、突き指の方。本来は割り箸とか使って固定するべきなのだが、本人がいいと言うので、結局何もせず。
「わかったけど、帰ったら必ず病院行くんだよ？放置は絶対ダメだからね！」
「あーい」
ちなみに転んだのは岩小屋跡手前の何もないフラットな道で、とのこと。難所を通過して気の緩んだ頃が一番危ない。の典型例だと思われます。舞Tさんも途中で引き返したとは言え、稜線に取り付いて結構な高さまで上がったからね、相当気を張ってたと思う。横尾に着くまでに精神力を使い切ったんだろうね、きっと。
※後日談ですが舞Tさん、やっぱり骨折してました。3ヶ所ほどワイヤーを入れて固定する手術が必要で、10日ほど入院することに・・・。
【雨の上高地】
おはようございます。朝です。日曜日の朝。実は昨日、夕食後の記憶が全く無いのです(正確には舞Tさんの手当てをしてからの記憶が)。いつ布団に入ったのかも覚えてない。相当疲労してたんだろうなあ。昨日の段階で気分は完全に下山完了モードですが、今日はこれから雨の中、上高地まで11kmを歩いて帰らなくてはならない。とは言え逆を返せば今日はそれだけ。たったのそれだけで良い。時間も相当余裕があるので、朝の支度も超のんびり。他の登山客がそそくさとチェックアウトするのを後目に、軒下でお湯を沸かしてコーヒーを淹れる。天気は降ったり止んだりの何とも言えない状態。ガスで横尾大橋の先はほとんど見えない。
午前8時半。横尾山荘をチェックアウト、帰路に着く。昨年の経験からこの区間が雨の場合は傘をさすことにした。フラットなのでポールは要らない。ポールはザックに仕舞ってしまった。傘があると背中とザックの背面に水が入らないので、非常に快適なのだ。それは良いのだが、昨日に引き続き右足の小指の爪が猛烈に痛い。痛くて歩けない。まっ平な道なのにおかげで全然スピードが出ない。時間はあるので、小股でとにかくゆっくり歩く。徳澤手前くらいで雨は土砂降りに。通過時刻を考えると、もし昨日涸沢に連泊していたらこのザーザー降りの中を横尾まで下りてこないといけなかったわけだ。結果的にかなりの無理をしたが横尾まで下りてきてしまったのは大正解だった。足のトラブルを考えれば尚更である。
上高地には12時ちょっと前に着いた。いつもなら横尾⇒上高地は所要で2時間半くらいなのに、今回は3時間半もかかってしまった。往路と復路のコースタイム、所要時間、ともに大差のない結果となったのは、涸沢から上高地の復路の区間タイムが2時間以上、上乗せされてしまったからだ。河童橋の食堂で昼食を取り、デポした荷物を回収。雨はまだザーザー降りにつき、新島々での乗り換えや松本からホテルまでの徒歩区間のことを考えると、4人いるし多少金は掛かっても今回はタクシーで帰ることにした。上高地バスターミナルを出たら次は予約したビジネスホテルのエントランス。この選択も大正解でしたよ。
最終日の朝、松本。台風一過で実にすがすがしい天気。風は強いがスッキリと晴れて気持ちが良い。今日、北穂に上がったなら山頂からの眺望を満喫できただろうに。ホント天気だけはどうにもならない。
当初の目的は達成できなかったが、念願の北穂高岳に登頂出来たし、充実の山旅でした。自分の精神力の限界を知れたし、南陵のピストンは色々と勉強になった。
また来ます。
9時台の特急「あずさ」で松本を後にした。
■写真解説(日記の都合上、時系列はバラバラです)
�）綿羚盂�3106m！登頂です！が、ガスで何も見えましぇん(泣)・・・。
�∨綿羚盂�(北峰)を下った直ぐの場所、有名な「松濤岩」です。×印の向こう側に行くと滝谷が覗けるらしいのですが、下山を急いでいたため今回は寄り道は無し。次回晴天時に再訪出来たら色々と探索してみたいと思います。
��少し標高を下げるとガスを抜け、眺望が広がりました。常念山脈が良く見えますが、早朝飛騨側からずっと流れ込んでいたガスは遂に上空まで溜まってしまいました(登り始めは常念山脈の上は綺麗な青空でした)。これは降り始めるのは時間の問題、急いで下山しなくては！
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