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2017年07月26日21:57

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やり切れない…

■「涙雨なのかな…」献花の列 津久井やまゆり園事件1年
(朝日新聞デジタル - 07月26日 21:29)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4687734

あれから1年…もう1年経つとみるかまだ1年しか経っていないとみるか…
被害者・犠牲者・関係者にとってはまだ1年でしかないだろうね。果たしてこの1年心休まる日はあっただろうか?おそらく一瞬たりともそんな時間はなかっただろう。大切な家族を、友人を、たった一人の[馬鹿者]の[乱暴狼藉]で一瞬して奪われ傷付けられたのだから。たとえ一命を取り留めた人も、肉体の傷は癒えたとしても、心の傷は生涯消えまい。

それにしても…何処をどう間違ったら[障碍者は殺しても良い]なんてふざけた発想が出来るのだろう?とても理解できない(って…理解したくもないけどね)。

障碍者と[未障碍者(健常者って言い方大嫌い!何様のつもりだ偉そうに!)]って決して別次元じゃない。障碍を負っているかまだ負っていないかの違いしかない。即ち、今この瞬間は五体満足な御仁も、次の瞬間には事故や病気で障碍を負う可能性が誰にでもあり得るのだ。確かにその確率は高くはないかも知れないが決して皆無ではない。

障碍者もそうでない人間も何も変わることはない同じ人間だってこと本件被告は理解できなかったのだろうか?しかしどのような事情があったとしてもまた改悛し罪を償おうとしたとしても本件被告のしでかした悪行は[万死に値する]大罪であり到底許すことはできない。もし許せることがあるとしたら、それは本件被告が身勝手にその命を奪った19人を全て生き返らせて家族のもとに返すこと。
(でも其れって…出来っこない。だから本件被告は許せない)

五体満足な人間だって何でもかんでもできる訳じゃない。寧ろ障碍を抱えた人の方が其れ故に他の能力が発達し常人には出来ない偉業を成す人が少なくない。障碍者だから不幸だと決めつけることは出来ないしそれはその人を否定することになる。幸も不幸も相対的なものだ。

末筆になったが改めて本件犠牲者の御霊に謹んで哀悼の意を表しお悔やみを申し上げる。
せめて来世ではこの人たちが安寧でいられることを祈る(閻魔大王様、ちったぁ考えてくれ!)
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