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2017年06月16日17:33

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【世界に称賛される自衛隊】「信頼」は最大の“防御兵器” テロを防いだヒゲの隊長ら自衛隊員

「自衛隊がかわいそうで改憲」安倍改憲草案の論理に潜む危険
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=145&from=diary&id=4624062


2003年に成立した「イラク特措法」に基づき、自衛隊はイラク戦争で荒廃した同国の人道復興支援任務を09年まで実施した。特筆すべきは、各地でテロリストの攻撃を受け、最終的に約4500人の戦死者、約3万2200人の戦傷者出した米軍に比べ、自衛隊は1人の死傷者も出さなかったことである。

イラク南部サマワで06年まで活動した陸上自衛隊は、戦車や火砲など重装備を持ち込まなかった。武器使用の要件も、正当防衛や緊急避難などに限定されていた。テロリストからすれば、これほど攻撃しやすい相手はいなかった。

だが、自衛隊が到着前から、サマワでは小泉純一郎首相(当時)の似顔絵入りの垂れ幕が登場するなど、歓迎ムード一色だった。イラク暫定政権のヤワル大統領(同)が「自衛隊はイラクで活動する外国部隊の中で、最も歓迎されている」と語るほどだった。

産経新聞は04年7月11日、以下のようなニュースを伝えている。

先遣隊として派遣された、通称「ヒゲの隊長」こと、第一次復興業務支援隊長、佐藤正久1佐(現・自民党参院議員)の帰国時には、別れを惜しむ周辺の部族長から族長衣装が贈られ、「サミュール・サトウ」(同胞の佐藤)というアラブ名まで送られた。

米CNNテレビは、サマワ住民約70人の自衛隊宿営地へのデモを報じた。何とデモ隊は日章旗を持ち、「サマワ市民と自衛隊で安全な街を再建しようと」と書かれた垂れ幕を掲げ、佐藤氏に花束を贈ったのである。

佐藤氏は、族長たちの要望によく耳を傾け、親身に世話をした。ある有力な族長は次のような布告を出した。

「日本軍を攻撃したら一族郎党を征伐する」

産経新聞は同年11月12日、サマワ市民による「自衛隊駐留継続懇願デモ」も伝えている。米軍と武装勢力の激しい戦闘が行われていた同月11日、市民約140人が自衛隊の宿営地にやってきて駐留継続を訴えた。「NO、テロリズム」「自衛隊に感謝」という横断幕を持っていた。

もう1人、第1次イラク復興支援群長、番匠幸一郎1等陸佐(当時)という名指揮官がいた。番匠氏は部下に訓示した。

「国家の再建と復興に懸命に取り組んでおられるイラク国民の方々に、夢と希望をもって頂けるよう、各国と協力しながら、日本人らしく誠実に心を込めて、また、武士道の国の自衛官らしく規律正しく堂々と、与えられた任務の完遂に全力を尽くしたい」(『武士道の国から来た自衛隊』産経新聞社)

陸上自衛隊は、常にイラクの人々と同じ目線で接し、厳しい規律の下で任務を完遂した。地元の人々の輪の中に飛び込み、病院や学校、道路、橋などの復旧・整備、医療支援に給水支援などを誠実に続けた。

自衛隊員の姿勢は高く評価され、結果として自衛隊員の安全確保に大きく貢献した。自衛隊は、地元住民の「信頼」という最大の“防御兵器”でテロ攻撃を防いだ

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