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2017年04月22日15:18

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天皇は日本の滅びの象徴か。

昔、かなちんという有名なフェミニストと論争した時、私が「男系で世襲するのが合理的」という主張をしたところ、唯一あっさりと納得してくれたのが、「母親はごまかしにくいが父親はごまかしやすい」という理由でした。
家というものの存続を命題にする場合、母系で世襲しようとすると妊娠の回数や期間、同時進行性で制約を受けやすいほか(これについては反論は得られなかったが賛同もなかった)、先述の通り、母親に生殖不能があった場合のごまかしがほぼできないことに問題があります。

ただ、これは、母親一人が複数の男性と関係を持ちそれがダメならバックアップを立てる(あるいは逆に男親一人が〜)、というコンセプトに基づいて議論したもので、もし仮に現行の皇室のように1対1の婚姻関係&男児直系でこれを維持しようとすると、90%の確率で男児を得るには最低でも4人を出産する計画で婚姻せねばならず、その場合でも5代以内に50%の確率で男児が得られず滅びます。また、すべての婚姻において、肉体的な生殖不能が発生しないことが前提になります。これはどう考えてもまともな判断ではなく、早く見ても19世紀の末に定められた法としては科学性に欠けます(下手すると昭和20年代に決めてね?)。

江戸以前の天皇制度を見ると、側室制度と傍系でバックアップが取られているほか、男系と言いつつもたびたび女帝をぶっこんだりとかなり柔軟な対応が取られています。むしろこちらの方が、血族の維持を命題として、妊娠出産の確率と疾病などのイレギュラーを考慮した場合、合理的な判断と言えるでしょう。

これができなくなったのは、人権などの平等主義の拡大で、これはミクロでは極めて正しい概念であるもののマクロでは成立しない矛盾した概念(あるいはその逆)と言って良いかもしれません。
「天皇だからって何人も妻を(あるいは夫を)めとるなど許せん(うらやましい)」
という怨嗟が通るようになってしまったからですね。

じゃあいっそ天皇制などない方がいいじゃん!ということになるわけですが、2000年続く伝統文化で、それが国民の80%〜90%以上が(消極的にでも)支持する宗教と制度の長であり、憲法で「=国民の象徴!」と決めてしまった以上、絶対に放置はできないのです。

って言うかさあ、やっぱこの憲法っておかs(以下省略されました。)

すると、なんかもうグロテスクでSFチックな方法の婚姻関係でしか天皇制度を維持できないわけで、それはそれで国民の象徴としてはどうなの・・・? いやむしろ海外の日本ファン的にはご褒美のような展開なのか・・・? もはや想像の範囲を超えています。

記事中では皇族の復活を検討していることになるのですが、それはそれで予算や範囲決めで大変だなと思います。歴史を振り返れば、天皇の血縁の氏族というものは短期で見れば維持されつつも長期でみれば淘汰され入れ替わりながら繋がっています。天皇家というものは一本の軸を持つようで、実は周辺との関係の中で相対的に維持されていたものであり、そういう意味では憲法に記されるまでもなく国民の象徴であり続けているのかもしれません。

このまま無策では確率論的に存続できず、かといって2000年の伝統を放棄することもできず、国民の象徴を滅ぼすわけにも特権を与えるわけにもいかないでしょう。結果的に、緩慢に滅びていくしかなく、ある意味ではまさに日本国民の鑑と言えるようにも思います。




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記事中で脱線したくなかったのでこっちに書いておきます。
「嫁って呼ぶな!家の女じゃねえ!」
みたいな意見をフェミニストなどからよく聞きますが、
「つま」というのは「はじっこ→添え物」という意味です。
例えば、刺身の「つま」はメインではない添え物ですし、「つまむ」という動作ははじっこを捉えるイメージですよね。

女性(まあ男性もですが)を直接名指しするのは古来無礼であり(これは女性と関係にある男性からの疑惑を避けるため。女性の本名を呼べるのは親しい人(って言うか性的関係にある人(と親))だけです)、婉曲的に住居の名前で呼ぶことが多くありました。例えば秀吉の側室、淀殿(本名菊子)などが有名です。
しかしこれは差別的な表現かといえばそうではなく、「殿下」というのは宮殿の下(中)にいらっしゃる人、という意味。陛下に至っては、陛の字自体が「帝の住む宮殿の階段」という意味であり、婉曲した表現である「建物」すら婉曲して、ついに階段の下にいる人になってしまうわけですが、殿下も陛下も最上級の敬称です。家内、嫁(漢字の方)は、これらの敬称がベースになっていると考えるのが妥当でしょう。

古くは、夫もつまと読みますので(と言うよりは古語「つま」に夫と妻の両方を当て字している)、日本古来は伴侶のことをつまと(おそらく謙遜して)呼んでおり、男女の概念はなかったか薄かったと思われます。嫁(読み方の方)というのは現在わかっている範囲ではやや見下したニュアンスがないわけでもないですが、それを言い出すと夫は字も意味も本来ただの「男」ですので、どっちもどっち、という気がしないでもないです。
「うちの女がさあ」
とか夫が言ってるのを聞いたらいろいろとアレでしょうね・・・。



■皇族減少「速やかに検討を」=退位後は「上皇」「上皇后」―有識者会議が最終報告
(時事通信社 - 04月21日 21:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4539466
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