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2017年04月04日22:09

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Buddhismについて思う

インドの辺境から始まり、北伝、南伝と伝わり、北伝仏教は日本がその終着点と言ってよいでしょう。
南伝仏教が盛んな地域としてはタイ王国。

マレーシアはなかなか面白く、華人が信仰するのは基本的に北伝仏教、つまり我々と同じ大乗仏教です。
ただ、日本に伝わって日本で発展する前の北伝仏教なわけです。
中国に仏教が伝わり、日本で昇華される前の段階の仏教がマレーシアの華人が信仰する仏教というわけです。

とは言っても、華人、つまりチャイニーズですから、現世利益が一番重要なことです。
そうすると、お隣のタイの南伝仏教、上座部仏教、小乗仏教と言われる仏教のほうが、お坊さんのストイックさからいってご利益がありそうな感じがするわけで。
そうなるとマレーシアの華人はタイから来る上座部仏教のお坊さんこそが「徳の高いお坊さん」ということになり、そのお坊さんに金銭的援助をすることで現世利益を享受することができると考えるわけです。

とりあえずマレーシアの仏教徒、その大部分は華人なんですが、彼らの仏教に対する考え方は上記の通りです。

そうすると、日本のお坊さん達、例えばうちは浄土真宗ですが、そこのお坊さんはタイやマレーシア華人からすると考えられない生き方をしているわけです。
酒は飲む、肉は食う、結婚する、剃髪もしない。
「なんでそんなお坊さんを信じられるの?」って言われます。

ここに仏教に対する違いがあるわけです。
大乗仏教においては、僧侶はあくまでも教えの伝道者であって信仰の対象ではありません。
仏教の教えを人々に説いていれば、更にその解釈や理解度が深く人々に上手に説法できれば、生臭坊主でもいいんです。
対してタイ等の上座部仏教の僧侶は、自らが仏になるための修行者なわけです。
修行によって自らが仏になることを目的とするお坊さんで、周りの人はそんなお坊さんに援助して、うまい事そのお坊さんが仏になったあかつきには、かつて援助したことをネタに自分もそのおこぼれにあずかろうというわけです。

マレーシアの華人は、基本的に南伝の大乗仏教のはずなのに、現世利益という目先のことに囚われて、そこら辺の違いがわかっていません。
彼らにとっては、南伝だろうが北伝だろうが、仏教だろうがヒンズーだろうがどうでもいいのです。
現世利益をもたらしてくれる宗教こそが正義なのです。
人によっては、仏教はご利益ない、道教もだめだった、だから今はヒンズーの神に祈ってる。なんて人もいます。
節操ないです。

さて、小難しい前置きを書いたわけですが、先程なかなか面白いというか恐ろしいアニメを見付けました。


アニメタイトル「僧侶と交わる色欲の夜に…」
第一話「僧侶の前に…俺だって男だよ」


いかーん!
いかんですよこれは!

上のほうで書きましたよね。
「なんでそんなお坊さんを信じられるの?」

ですよね。
そうですよね。
今まで、南伝だ北伝だと書いてきましたが、そんなレベルの話じゃないですよね。

今まで華人に対して、あなたたちが基本的に信じている北伝仏教というのはあーだこーだ、今あなた達がありがたがってるのは南伝仏教、上座部仏教と言ってあーだこーだと説明していたんです。
中国や日本の大乗仏教においては、極端なことを言えば僧侶の徳は重要ではないってことを言ってたんです。

でもね。
でもね。
こんなアニメがあるって知られたら、「日本の仏教は堕落している」って言われても反論できません。

いやもう一話見ましたけどね、パンツがエロくてね。
それを見ながら、堕落しているのは自分じゃない。
こんな作品を生み出してしまう日本のアニメ業界と日本の仏教界が堕落しているのだ!
そう思ったわけです。

長々と書きましたが、何が言いたいかというと、エロ枠もっと増えろ!というわけです。
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