私がお伝えできるのは
東日本大震災で自分が経験したことと
実際に身の回りで起きたこと
そして 震災後の生活で日々感じていることです
この様に震災の記事を書いていると
「 死 」というもの事態に興味を抱いて
被災地で家族を亡くしてしまった人の様子から
「 死 」というものを知ろうとする人がいます
なかには 「 死 」について
理解したように 述べ
死に不安を感じる人を諭す人もいます
しかし 「 死 」について語る人の中には
死んで帰ってきた人はいません
臨死体験 近似死体験 Near Death Experience
と呼ばれるものは 完全な死ではありません
読んで字のごとく 「 死に近い体験 」です
ですから 「 死 」を本当に知る人はいないのです
自分に「 死 」が訪れない限り
本当のことは 誰にもわからないのです
震災で亡くなってしまった母と祖母に対する想いは
今を生きている私自身が感じていることですし
読んでくださる皆様にお伝えしたいのは
生き残ってしまった私達が
どのような想いでこれから生きるのかを知っていただき
大切な人を亡くした人々と同じ思いを
決して繰り返さないでほしいというものなのです
時に「 大切な人の死を乗り越えて 」
という 言葉を目にし 耳にしますが
大切な人の死は 乗り越えられるものではありません
大切な人が亡くなってしまった後
私達は その人の死と向き合って共に生きるのです
大切な人ほど 忘れられるわけなどないのですから
死を乗り越えるのではなく 共に生きていくのです
亡くなってしまった人は
どんなに焦がれても 二度と帰ってきてはくれません
いつか 不意に玄関を開けて
「 ただいま 」と 帰ってくるのではと
今でも 願っているのに 帰ってきてはくれません
どうか ご家族の顔をよくご覧になってください
少しでも長く 生きていたいと思いませんか
大切な人の傍で体温を感じていたいと思いませんか
災害で亡くなってしまった人は
そこまでしか生きれない宿命だったんだ
災害で亡くなってしまう運命だったんだ
本当にそうでしょうか
運命や宿命などという軽い言葉で
そんなに簡単に片づけられるものでしょうか
到底 納得できませんし
私には とても疑問に感じられます
皆さんは どう思われるでしょうか
稚拙な記事ですが
皆様のお心に触れる何かがございましたら
シェアをお願いいたします
#語り部佐藤麻紀
ログインしてコメントを確認・投稿する