延命治療を止め殺人罪に問われた医師が今も現場に立つ理由
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=4461740
ニュース記事本文より引用
≫1998年11月、川崎協同病院で呼吸器内科部長(当時)を務めていた当時48歳の須田セツ子医師は、気管支喘息の重積発作で心肺停止状態になった患者から、気道を確保するための気管内チューブを外した。すると、患者が上体をのけぞらせて苦しみだしたため、鎮静剤と筋弛緩剤を投与したところ、患者は息を引き取った。
≫事件化したのは、それから3年後の2001年のことだった。同病院の麻酔科医の内部告発により発覚し、遺族が“抜管に関して家族の同意はなかった”と訴えたのである。殺人罪で起訴された須田医師は、2007年2月の東京高裁判決で、懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を下され、2009年12月に最高裁が上告を棄却したことで、殺人罪が確定した。
引用ここまで
この文章を読む限りでは須田医師の行為は殺人罪にあたるとは思えないのだが…?悪くとっても過失致死だ。少なくとも殺意はなかった筈だ。
介護の現場でもターミナルケア・終末期医療はしばしば発生する。ウチの職場でも看取りは行っている。オレ自身夜勤の時巡回の合間に利用者さんが旅立ってしまったことがある(ご家族は覚悟ができていたとのことだったが今際の際にご家族様誰一人傍にいられなかったのは痛恨の限りである)。
延命治療を諦め静かに最期の時を待つ…その是非は意見の分かれる所である。速く楽になりたい・早く楽にさせたい…と思う人もあるだろうし、たとえ苦しくても1日でも長く生きていて欲しい…と思う人もあるだろう。そこに正邪も善悪も優劣もない。あるとしたら当事者並びにご家族様お身内様近親者様友人知人様の想いだけだ。それに沿った形で接するのが順当なところだろうね。
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