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2017年02月18日23:29

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日本人の宗教観は浄土真宗に近い。

宗教と聞くだけで眉をひそめる人もいますが、
人間が歴史的に積み上げたものの一つなので、無碍に否定するのは難しいと思います。
また、無事を祈ったり宝くじの当たりを願ったりするのも実に非科学的であり宗教的で、
そういうレベルで「宗教的ではない人」というのは私は出会ったことがありません。

さて、浄土真宗ですが、坊主自身もかなり破戒的ですが、その教えもなかなかぶっ飛んでいます。
御経をあげたり、仏壇を整えたりという儀式はそれほど重視せず、
一般の人は生きているだけでOKです。
ただし、より丁寧に生き、もっと多くのことに気づくように、という「緊張感」とか「向上心」のようなものはうっすらと求められます。
日本人の幾つかの文化的な美徳は、浄土真宗的な方向性が多くみられ、日本人は無宗教と言うものの、かなり浄土真宗的な思想が根付いているように思います。
これは勧善懲悪的な、◯◯しなければ極楽浄土には行けないという世界的に多い宗教の方向性とは違うように感じられます。

その一例として、悪人正機説をあげましょう。
これは一般には、「普通の人よりも悪人の方が極楽浄土に行けるかもしれない」というような解釈が行われていて、その表面的な読解から、「悪人の方が救われるなんておかしい」という反論を招きます。

しかし、親鸞が着目しているのは「正機」です。悪人の方が、自分のしたことを振り返り、反省する機会があるのではないか、という意味です。
もちろん、じゃあサイコパスのような罪悪感のない極悪人はどうなんだよ、という話をしているわけではなく、漫然と日常生活を送っていると陥りがちな、「なんとなく正しい自分」を諌めているわけです。

この手の宗教話は、宗教を抜きにしてもなかなか興味深く、自身の身の回りを考えるのに役立つかもしれません。
多少、宗教色を取り除く読解力は必要だと思いますが、世界中の宗教を薄く広く触れてみて、それぞれの言わんとすることを考えてみるのも面白いかもしれません。



■サブカル女子が人生に悩んだので中野「坊主バー」で相談しに行って、一生悩むことを覚悟した話
(キャリコネ - 02月18日 16:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=4439007
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