面白い、夢がありますね、こういう家。
それはそうとして。
ブランド物で身を固めたり、高級な家具や高価な素材を使ったりすることそのものをおしゃれというのは抵抗がある。
吊るしのスーツを着ているのに腕時計だけ数十万円とか、
ルイヴィトンのバッグをカゴに入れてサビサビの自転車で走り回る姿はどこか滑稽だと思う。
少しレベルを上げて。
自動車はBMWやレクサスなどの人気ブランドのフラッグシップあたりを。
都心近くにおしゃれな一軒家を持ち、ほとんどのものは作り付けの収納にしまわれ
オーダーメイドのシステムキッチンで整然と美しく、
置いてあるイタリアの象嵌家具はほとんどが特に物を入れていない飾りなんです・・。
というような家があるとして(何パーセントでしょうね?)、
もしそれを家政婦やダスキンに頼って維持しているのであれば、
まあそういう生活をしたことがないので僻みなのかもしれないけれど、
おしゃれとは違うなーと思ったりもする。
フェラーリやランボルギーニは確かにかっこいいけれど、
それでどこか寂れた海岸の小さなおしゃれなカフェに乗り付けたりすると台無しなのでは、と思う。
もちろん、他人に優越感を感じるという生活は素晴らしいものなのだとは思うのですが。
外観上のおしゃれは、少なくとも金額においては、常識の範囲で良いのでは。
あまりにも生活感にあふれた選択を積み上げてしまうとクソダサイのは間違いないのですが、
ものを出しっぱなしにしないとか、無駄遣いをしないとか、開けっ放しにしないとか、
ちょっとした掃除とか、そういうところから始まり、
多少不便だけど我慢して見た目が気にいるものにしてみました的な、
妥協しつつも妥協しすぎない選択の積み重ねがおしゃれになるのかなという気もしました。
「SUUMO」に掲載された「47.5億円」大豪邸の謎
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=125&from=diary&id=4427875
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