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2016年11月08日12:56

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訓覇曄雄先生からメールを頂いて

昨日、わたしの大学時代の文学部、大学院を通じてのゼミナールの主任教授であり、わたしの三人の恩師の一人である訓覇曄雄先生からメールを頂く。

では、数日前わたしが訓覇先生にメールしたのだ。

そのメールには、ついに歩行ができなくなったこと、この歳で一人暮らしを始めたこと、そして下村寅太郎先生から原野栄二先生に贈られた青木敬麿師の�猝と�表の歌稿�畍狭討�わたしの手元にあり、その原稿を含め青木敬麿師の歌集「山寺」「坂の上」(私家版)「生老病死」(この歌稿らしき原稿もわたしの手元にある)を含め、『青木敬麿全歌集』を何年かかろうとも出版しようと考えていることを書いてお送りしたのである。

その返信が昨日、届いたのである。その訓覇先生からのメールには次のように書かれていた。

�牋柄阿棒通攘彬�という方のお名前はきいたことがありますが、西谷先生くらいの年輩という以外は、何も知りませんでした。もちろん星野(原野のいう名前のうち間違えだと思われる)という方は、お名前を聞いたことすらありません。またあなたと関係のある方ということも、初耳でした。しかし確かに、一生の仕事を授かったという感じですね。私もこの方々のことをしらべてみましょう。青木さんの著書は、私としても読んでみなければいけないものとも思われ、良い情報を頂いたと思っています。��

わたしは、訓覇先生にお送りしたメールに、青木敬麿師の『善導和尚』『念仏の形而上学』という著作は読んでいるが、歌集「山寺」「坂の上」は見たこともないと書いたので、それに対して�狎通擇気鵑涼�書は、私としても読んでみなければいけないものとも思われ�瓩畔屬靴討い燭世い燭里任△蹐Α�

青木敬麿師は、ほとんど無名の哲学者であり浄土教仏教の研究者である。しかしながら青木敬麿師の著作である『善導和尚』『念仏の形而上学』は今日の浄土教仏教の研究者や哲学研究者、そしてわたしのような浄土教仏教に関心をもつものにとっては、読むに値する貴重な研究書である。

だから原野栄二先生は「燈影選書の刊行予定表に、青木敬麿師の著作である『善導和尚』『念仏の形而上学』を書き、さらに『青木敬麿全歌集』と記されたのである。

そもそも「燈影選書」とは、現在は絶版になっている名著を、その著作権や出版権等を調べ、それらを買い取り、そして「燈影選書」の一冊として再び世に出すという選書であった。長年出版者の編集長をやられ、西谷啓治先生、下村寅太郎先生の推薦を受けて原野先生は燈影舎の編集参与として燈影舎の出版活動に関わられることになった。その原野先生が同じ人の著作を三冊も書かれていたのは、青木敬麿師一人であったのだ。原野先生がいかに青木敬麿師を高く評価していたのかということが伝わって来たのである。

青木敬麿師については、上村武男氏がその著『哲学徒と詩人 西田幾多郎をめぐる短い生の四つの肖像』(編集工房ノア1985年3月)に三土興三、岡本春彦、野崎廣義という、いずれも西田幾多郎の若くして死んだ優秀な愛弟子であり、しかも文芸に関心をもっていた大正から昭和初期にかけて著作を残した哲学徒を書いている著作がある。上村氏はその著作のなかで青木敬麿師の『念仏の形而上学』を論じおられた。わたしはその上村武男著哲学徒と詩人 西田幾多郎をめぐる短い生の四つの肖像』を原野先生から頂いた記憶があり、その本は京都の河原町通りにある「赤尾照文堂」という古本屋のカバーが掛けてある。

わたしが下村寅太郎先生から原野栄二先生に贈られた青木敬麿師の�猝と�表の歌稿�畍狭討�自分の本箱から見つけたことをきっかけに、『青木敬麿全歌集』を何年かかろうとも出版しようと考えていると書いたのに対して、�牾里�に、一生の仕事を授かったという感じですね�瓩判颪い討い燭世い燭海箸蓮△錣燭靴砲箸辰討海了纏�をわたしの残りの生涯をかけた�犹纏��瓩箸垢襪海箸鮓絏,靴気譴討い襪茲Δ忙廚┐董�嬉しく思えたのである。

しかし未だに青木敬麿師のご子息からの返事は届いていない。まずはご子息からの返事を待ちたいと思っている。しかし訓覇先生からのメールはとてもうれしく思えたのである。
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