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2016年10月28日11:12

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性的指向は自己型と他者型に分かれる、か。

あまりこの手の研究は見たことがないのですが。

性的興味は大きく自己満足型と他者満足型に分かれるように思います。
思いっきりざっくりと書きますと(そしてこの分類は重複と場合分けがあり単純ではないのですが)、いわゆるサドは他者満足型、マゾは自己満足型です。サディスチックな性的行為は、自分は仕掛人となり、他者に快楽を与えることで満足しますが、マゾは逆ということですね。

サドは苦痛と直結して考えがちですが、これはある種の錯誤です。
おそらく一般的には快楽を与えるもので、例えば電動器具を使ってマゾを追い込むというような行為はサドが好みますが、これは(性的に)正しい感覚だと言えます。マゾが与えられている快楽をサドも共感しているからです。

苦痛と結びつくのは、苦痛の反応が快楽の反応と似ている(身悶えしたり、声をあげたり)ため、サド側が独善的であるか(相手の苦楽にかかわらず、より反応が大きい方を求めてしまう)、マゾ側に精神的・肉体的な錯誤を生じているからだと思います(苦痛を快楽と感じるような状態になっている(肉体的に変化がある)か、苦痛をあたえられる自分に酔っている(精神的なもの))。

ただし、稀に真性のサドもいると考えられ、最終的に猟奇殺人に至るようなサドは苦痛を与えること自体を好みます。これはある種の社会不適格で、精神疾患ですし(サイコパス)、少数すぎて大衆的に扱うのは無意味でしょうね。
一般的(に性的)な意味でのサドマゾとは直結しないでしょう。

この事件に関して同性愛に関するつぶやきが多いのですが、個人的には疑問も感じます。
彼らが自己満足型の性的指向を持つ場合、男児に触れることで快楽を見出しているわけではなく、男児が快楽を与えられることに快楽を見出しているということになります。つまり、男児=自分であり、このようなシチュエーションが実現するのであれば、仕掛け人の性別は問わないということになると思います。例えば、「女教師にいたずらされる男児」というような状況も、彼らは好むのではないか、ということです。

自慰行為をする際に、他人に触れる妄想をする方は他者満足型、自分が触られる妄想を好む場合は自己満足型。
また、男性に多いと思いますが、身悶える女性を妄想する方も他者満足型だと思います。個人的な過去の経験から、他者満足型の女性は非常に少ないのではと思います。
(ただし、他者満足型と言っても、最終的に自分がより強い快楽を得るためにそうなっているのであって、根底には自己満足があるはず。)

さらに、男性の小児性愛は2種類に分けられ、大人の女性を好きになれず女児を愛する場合は支配欲求が強くあると思われます。最終的に自分が快楽をることを目的にしていれば特にその傾向が強いと思います。何らかの形で強要したり、自分の意のままに操りたいという欲求です。逆に、男児性愛の場合は、自己投影を行っており、被虐的な感覚をより強く味わうために他者満足型にシフトしているのではと推測します。

この2つの観点から、これほど男児に対する性的虐待が頻発するのは、男児に自己投影をしているからではないのか、という気がしました。小児性愛は精神的未熟が原因であるのはある程度間違いないと思いますが、その発現する経路には複数があり、同じ結果になったとしても単純には扱えないのではないか・・・という気がしました。
同じ理屈で、女性に痴女や小児性愛が少ないのは、自己満足型の性的指向の方が多いからではないかという気もします。

ここでは嗜好ではなく指向を使ってみました。



■相撲大会などで児童ポルノ撮影容疑 小学校講師ら逮捕
(朝日新聞デジタル - 10月28日 05:48)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4263966
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