今更?って感じではあるけどね。
おいらは昔から思ってますよ。
教育とは洗脳であり、その洗脳によって画一化された思考から生まれた平均値が常識となり、その常識の集大成として法律がある、と。
更に、画一性の中の一部を一元的に飛躍させたものが宗教である、と。
だって人間てね、困ったことに、偏向によって団結する生き物なんだよ。
だから共通の敵が現れれば一致団結するんだけど、ほっといたらばらばら。
でもばらばらだとまた不安になる。
それは人間に限らず、この地球上の生命体全ての共通項。
“生きるため”の本能から来るもの。
単体では生きられないくせに、多過ぎるとぶつかり合う。
だから、ある程度の偏向性は必要なんだな。
問題はね、そのやり方と内容と方向性、なんだ。
取り敢えず、共通の敵を作る。
これが一番手っ取り早いやり方だよね。
例えば日本人にとっては地震、噴火、台風など、自然現象が共通の敵であって、災害に遭遇する度に一致団結して来たわけだね。
そして、不安感を拭い去る為に信仰心を高め、万物に神様を宿らせたんだ。
でも困ったことに、今の人類にとって一番の敵は、人類自身だったりしてね。
増え過ぎちゃったんだね。
じゃあどうしましょうか。
宇宙人や幽霊、モンスター?
未知なるものへと不安の矛先を向けさせ、架空の敵を作りますか。
不安感を拭い去るために宗教と言う一元論によって団結し、排他的になりましょうか。
それとも、手っ取り早く、お隣りさんに共通の敵としての役目を負って貰いましょうか。
或いは、ちょいと時間かけて、人類そのものを減らす方向に持って行きますか。
それにしても困ったもんだね、人間て。
一人ぼっちでも集団でも発狂する。
なんと脆弱で中途半端な生き物よ。
もうちょっと進化しないとな。
さあそれらを踏まえて、どの方向にどうやって“教育”しましょうか。
未来は子供達の手にかかっている!。
で、その未来を、“人類の未来”と捉えるか、“この国の未来”とするのか、まずはそこから決めないとな、てなもんだ。
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/11943193/
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