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2016年08月29日00:05

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字のうまさと学歴と仕事、嫉み。

実は「字が汚い人」ほど頭がいいってホント?
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=4164033

この記事は残忍なほど人の本質をえぐっていて面白い。

興味深いのは、珍しく字が汚い天才側の意見が入っていることだ。

「溢れるアイデアに手や言葉が追いついていかない傾向がある。そもそもノート自体が、のちに人が見るための記録ではなく紙上で書きながらリアルタイムに思考するためのツール」

ただこれ、本人のポテンシャルの問題もあるので・・・。
手の方のポテンシャルが非常に低ければ、脳みそがソコソコでも同じ状態になるはず、論理的には。

字のうまさというのは、美意識、模倣の能力、肉体の制御能力、反復の回数などで総合的にきまる。
書道家の家に生まれれば字に対する美意識の高さや反復の回数が他の不足を補うだろう。
一般的に、日本の教育は字のうまさをある程度要求するので、人々は同じ程度の教育を受ける。字のうまさをどれほど意識した状態で反復するか、が大きなウェイトを占めるだろう。

そして字のうまさに必要な能力に長けている人は、学校教育においても同じ理屈で成績は良い傾向を示すはずだ、あくまでも全体的な傾向としてだ。
これは、足が速い人は体育の成績が良い、というのと似た傾向である。
もちろん字のうまさなどどうでもいい人というのは少なからずおり、その中の一角に天才がいても驚かないが、ズボラで外見も知性も気にしない阿呆もおそらく含まれる。


それよりも、この問題が本質的に面白いのは、人々の妬みや嫉みを如実に形にしてしまうことだ。
曰く、頭が良くても仕事ができるとは限らない、学生と仕事は違うなどなど、
何を根拠に口にしているのかわからないが、
漠然とした自信に満ちた発言をする人がおり、それに大量のイイネがつく。

この時に、勉強はできるが仕事ができないダメなやつという、
架空の人物集団が無意識に創造されており、しかもそれがリアリティを持って共有されているのである。

大変残念なことに、生涯年収はおおよそ学歴に比例することがわかっている。
「字が綺麗な人は成績が良い」という統計に一定の正しさがあるのであれば、
「学業が優秀なものは仕事もできる(年収が高い)」のである。
年収は低いけど仕事はすげー出来ます、というのは、もはや計測不能の指標なので好きに言ってください・・・。

統計的な正しさと、局所的な観測結果が異なることはいくらでもあるが、
それを言い出すときりがない。
また字のうまさという指標も謎であれば、仕事ができるという勝手指標も謎だ。
某大企業のやり手のコンサル担当連中はいわゆる高学歴連中がゴロゴロおり、
まるで居酒屋のように楽しげにワイワイやっている。
(で、非常にこわーい決定を毎週下している、らしい)
これなど、みなさんのいう「仕事ができない高学歴」とも「仕事ができるエリート」とも
乖離した人物像だと思うが、そんなもんなのだと思う。




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