マイク・タイソンが台頭した90年代初頭、
『ヘビー級史上最強のチャンピオンは誰か？』
なる番組が放送された。アリやホームズは知っていたが、ルイスやマルシアーノ、フレイジャーやフォアマンといった、名前しか聞いたことのないレジェンドボクサーたちを初めて目にした感動は今でも覚えてる。ネットなどもちろん無い時代だし、通販で海外からビデオテープを買う方法も無くはなかったが、非常に高価で何本も買える代物ではなかった。そんな時代に、突然ジョー・ルイスの伝説の連打やマルシアーノのスージーＱ、キンシャサの奇跡などがテレビの画面に流れたのだ。その番組を幸運にも録画していた俺は、それこそ何回観たか判らないほどだ。番組内でのナレーションや音楽など、今でもハッキリと覚えている。
時を同じくして、ボクシング雑誌にも『史上最強ランキング』の記事が載った。それは５人の専門家(３人は日本人で２人はアメリカ人だったと記憶している)がベスト10を選んだものだったが、俺はその５人の意見の平均値を割り出し、独自のランキングを作成した。
その後月日が流れ、新しい選手が出現したり、以前とは見方が変わったり、などもあり、今回久し振りにオールタイムランキングの再編成を試みる次第である。
さて、ジラす訳ではないが今回も寄り道だ。前回に続きランキング『外』の選手だが、ヘビー級史を語る上では避けては通れないボクサーがいる。彼について書いておかねばなるまい。
まず、その男がどれだけ有名で人気があったか、当時どう言われていたかを聞けば納得するだろう。
『大統領の名前は知らずとも、ジャック・デンプシーを知らぬ者はいない』
1920年代のアメリカを熱狂の渦に巻き込んだスーパーヒーロー。人呼んで
『マナッサの殺人鬼』ジャック・デンプシーだ。
1895年６月24日生まれ
83戦62勝(50KO)６敗９分６無効試合
勝率75% KO率81%
身長185cm
リーチ196cm
デンプシーは貧しい家庭に生まれ育ち、小学校を中退。16歳で家を出ると無賃乗車でアメリカ各地を転々と放浪し、炭鉱夫として働いてた時に、その腕っぷしの強さからボクシングに誘われた。
リングに上がったデンプシーは剥き出しの闘志で自分よりも大きな相手に猛然と向かって行き、恐るべきハードパンチで次々と対戦相手をマットに沈めた。強打の秘密はボクシング史上初めてと言われる前傾姿勢にあり、そのまま横に８の字を描くように上体をウィービングする、ご存知『デンプシー・ロール』により、ウエイトの乗った連打を繰り出した。
1919年７月、ウィラードを滅多打ちにし、３Ｒの間に７回倒し、チャンピオンとなる。
https://m.youtube.com/watch?v=X3BTycNuY44
あまりに凄惨なこの一戦は『トレドの惨劇』と呼ばれ、100年経った現在でも『ボクシング史上最も凄惨な試合』として語り継がれている。
当時ヒーローであったウィラードを打ち倒したことによりデンプシーの名は一挙に全国区となるが、同時に悪役としてのイメージが定着してしまう。
21年７月、ライトヘビー級の世界チャンピオン『蘭の男』ジョルジュ・カルパンティエを迎えて３度目の防衛戦。地元アメリカでの開催でありながら、フランスから来たハンサムで優雅なカルパンティエの方が応援されてたそうだから、デンプシーの悪役っぷりは推して知るべしだ。
試合は３Ｒに優勢に出たカルパンティエだが、そこで右親指を骨折。攻撃力を半減したカルパンティエを、デンプシーが４Ｒに滅多打ちにしてKO防衛。
だがこの試合の後ぐらいからデンプシーの実力は世間に認められることとなり、全米を揺るがすスーパーヒーローとなっていく。
23年９月、アルゼンチンの猛牛、ルイス・アンヘル・フィルポとの試合では10万人以上の観客が押し寄せた。試合はデンプシーが何度となくダウンを奪うも、自身も２回のダウンを喰らいリングの外へ叩き出されるシーンもあった。豪快なダウンの応酬の末２ＲでKO勝利。
26年９月、ジーン・タニーに判定負けで王座から陥落。１年後に再戦するも有名な『ロングカウント事件』の末、判定負けで返り咲きはならなかった。
リングの上のデンプシーは野獣のように眼をギラつかせ、恐ろしいまでの闘争心を剥き出しにした。前傾姿勢で殴りかかる様は獲物に襲いかかる猛獣そのものであった。
しかし、普段は非常に優しく穏やかな紳士であるという極端な二面性を持っていた。特に試合の前夜は怖さのあまり泣き叫び、部屋に閉じ込めておかねば逃げ出してしまう程だったという。
どんな競技でもそうだが、一時代を画した選手というのは革命的な戦法を編み出すものだ。それまでのボクシングは踵に重心を置いて上体を垂直に立て、現代の眼からすると顔を背けておっかなびっくり戦うようなスタイルだった。当然パンチは手打ちで威力が小さい。
しかしそこにデンプシーは、爪先荷重で鋭く踏み込み、相手の身体を突き破るように全体重を乗せて打つ『前傾姿勢からのデンプシー・ロール』というスタイルを取り入れた。
より攻撃的で、よりエキサイティングな競技となったボクシングは、その後、世界中の人々を熱狂させるのであった。
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