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2016年06月17日12:34

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沖縄にケーテ・コルヴィッツに会いに行く―「佐喜眞美術館」見学

わたしの、今年の沖縄旅行の目的の一つは「佐喜眞美術館」見学にあった。

きっかけは、昨年の秋、Eテレ(NHK教育番組)の「こころの時代〜宗教・人生 シリーズ 私の戦後70年」で�牾欧錣譴型佑咾箸涼罎如鴫�縄でコルヴィッツと出会う�瓩鮓�たことによる。

わたしはこの番組でケーテ・コルヴィッツという版画家に出会うことができた。その番組を見るまでは、わたしはケーテ・コルヴィッツなる版画家のことなど、全く知らなかったのである。

「ケーテ・コルヴィッツは1867年7月、プロイセン東部のケーニヒスベルクに生まれた。父は法律を学んだが、職業的法律家の資格を得る寸前にその道を放棄し、修行して石工の親方になったという人物である。13歳のときから美術を学んだケーテは、ゾラ、イプセンの作品に出遭い、社会主義運動とフェミニズム運動に関心を抱いた。1891年、医師のカール・コルヴィッツと結婚した。カールは労働者階級の出身であり貧しい人々を対象とする診療所を営んでいた。
 初期の作品「職工」はハウプトマンの戯曲から霊感を得たものだ。1844年にシレジア地方で起きた職工たちの蜂起は「ドイツ最初の労働者暴動」であったが、プロイセン軍によって無慈悲に鎮圧された。この1898年に大ベルリン美術展で公開され、そのラディカルな主題のためセンセーションを引き起こした。審査委員会は金賞を与えようとしたが、皇帝がそれを拒んだという。「職工」に続いてコルヴィッツは16世紀のドイツ農民戦争をテーマにした「農民戦争」連作を制作した。
 1918年、長く続き膨大な犠牲を出した第一次世界大戦が終わった。ドイツ革命が起こり各地で労農評議会(レーテ)が結成された。戦争中から「スパルタクス団」を結成して社会愛国主義と闘ってきたドイツ共産党の指導者ローザ・ルクセンブルクとカール・リーブクネヒトは、社会民主党のノスケが率いる「義勇軍(フライコール)」によって惨殺された。社会民主党支持者であったコルヴィッツはリーブクネヒトとは政治的立場を異にするが、遺族からデスマスクの制作を依頼された時、ためらうことなくこれを引き受けた。
 1933年にナチ党が政権を奪取して以来、コルヴィッツはさまざまな圧迫を受け、「退廃芸術」の烙印を押されて芸術アカデミーからも追放された。その上、1942年には第二次大戦では、従軍した孫のペーターも失った。老いたケーテは強制収容所に送られるかもしれないという悪夢に苦しめられながら、自殺を考える晩年を送ったあと、1945年4月22日、77歳で世を去った。ヒトラー自殺のわずか8日前のことである。」

ケーテ・コルヴィッツが生まれた、プロイセン東部のケーニヒスベルクという街は、わたしが大学時代、研究テーマとしていた哲学者・カントが生まれた街でもある。そのようなところからもわたしはケーテ・コルヴィッツに言いようのない�牘鎰瓩箸いΔ海箸魎兇犬討い拭�

さらにケーテ・コルヴィッツの版画集は、今日絶版状態にある。だから佐喜眞美術館に行けば、何らかの版画集が手に入るのではないかという�狠犬ご�待�瓩鮖�って訪れたのであるが、美術館のスタッフさんによれば、館長である佐喜眞道夫氏によれば、「本館が所蔵しているケーテ・コルヴィッツの版画はまだ六十数点しかない。このような段階で美術館としてケーテ・コルヴィッツの版画に関する目録は作らない。」と言われ、版画集は作成していないし、これからもケーテ・コルヴィッツの版画集に関する目録は作る予定もない」とのことであった。

わたしは美術館のスタッフさんに、Eテレ(NHK教育番組)の「こころの時代〜宗教・人生 シリーズ 私の戦後70年」で�牾欧錣譴型佑咾箸涼罎如鴫�縄でコルヴィッツと出会う�瓩鮓�て、この佐喜眞美術館とケーテ・コルヴィッツのことを知り、そして佐喜眞道夫館長が書かれた、岩波ブックレットのの「アートで平和をつくる―沖縄・佐喜眞美術館の軌跡」を読んだことなどを話した。

すると、ケーテ・コルヴィッツの彫刻作品であるピエタ像の絵葉書、そして、Eテレ(NHK教育番組)の「こころの時代〜宗教・人生 シリーズ 私の戦後70年」で�牾欧錣譴型佑咾箸涼罎如鴫�縄でコルヴィッツと出会う�瓩箸いΓ庁孱弔鬚燭世任い燭世�ことになったのだ。なんとうれしいことだと、わたしは大喜びをした。その上岩崎美術社から刊行されていた『増補版・ケーテ・コルヴィッツ版画集』を見せてくれ、ちなみにアマゾンで購入することができると教えてくれ、わざわざその本の情報もメモ書きしてくれた。

『増補版・ケーテ・コルヴィッツ版画集』(岩崎美術社)はアマゾンでも見たが、3180円ぐらいしていたが、�狷�本の古書�瓩箸いΕ汽ぅ箸播豕�の西荻窪にある「古書音羽館」に2000円で出ていたのでそれを購入することにした。

昨年の秋、わたしが東京に行った際、神田神保町で『ケーテ・コルヴィッツの日記』(アート・ダイジェクト)を購入した。これもケーテ・コルヴィッツがカントと同じ、プロイセン東部のケーニヒスベルクに生まれたという�牘鎰瓩里茲Δ忙廚錣譴討覆蕕覆い里任△�
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