フランス革命後の人権宣言やアメリカ独立宣言は時を同じくして
平民の手で政治を行うという新たな時代を高らかに謳いあげた。
明らかに歴史の転換点であり、現代へと向かうベクトルを引き寄せた最初の一歩だ。
蛇足ながら確認しておくが、ここでは「すべての人が」平等に人権を持つ、という表現になっている。
それから200年。人々の理解は進まない。
平等主義者でさえ率先して他者の権利を否定するようなことを言い、それに気づかない。
人権宣言のいう「すべての人」には犯罪者も含まれるし、知的障害者も精神障害者も含まれる。
このところその部分だけは見て見ぬ振りをされるか忘れ去られているか、初めから学習されていないようだ。
政治家を批判していた学者が政治家になった途端腐敗するのはよくある話だ。
血の滲むような努力というよりも、まさに死屍累々を経て得た平等を、
市民が手にした途端に自分未満の者に線を引くのは滑稽だ。
いつから市民はそんなことができる特権階級になったのか。
正義を謳うには代償が必要だ。それは矛盾ともいう。
自由主義国家は自国に対する平民の批判を受け入れなければならない。
あるいは、自由主義のお題目を盾にそうでない国に強制する羽目になる。
人権や平等も同じだろう。
自分がそれを享受するために、矛盾する者のそれも尊重しなければならないはずだ。
いつしかその覚悟が失われ、権益だけを求めるのは残念な感じもする。
弟と祖母殺害 心神喪失で無罪
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3987522
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