「認知的不協和」
三橋貴明氏が「消費税増税に実は賛成していた」「三橋は麻生の意向で意見を変える御用評論家だ」という主旨の虚偽を、著作「増税と政局・暗闘50年史」で堂々と書き、三橋に訴えられ、裁判で名誉棄損が確定し、165万円の損害賠償を支払った倉山満。
2016年4月14日に公選法違反容疑(運動員買収)で逮捕された田母神俊雄。
この両名には、二つ、大きな共通点があります。
一つ目は、問題が発覚した以降、「強がり」「相手方への攻撃」「嘘の言い訳」を繰り返し、問題の相対化を図ったことです。
つまりは、「俺も悪いかも知れないが、あいつの方が悪い」と、他者の「虚偽」に基づく悪事を強調し、喧伝することで、「自分が悪い」という印象を薄めようとしたのです。
(田母神「容疑者」が攻撃したのは、チャンネル桜の水島聡社長)彼らのやり口は、まさに「従軍慰安婦!」「南京大虐殺!」などと、嘘の日本の罪をでっちあげ、それを攻撃することで自らが「被害者」であるという印象を醸成しようとする中国、韓国にそっくりです。
そして、二つ目が、裁判で名誉棄損が確定する、あるいは逮捕されるという「事実」を目にしても、倉山、田母神を否定することができず、相手方(三橋や水島社長)を攻撃し続ける「狂気」的な信奉者たちの存在です。
倉山のブログのエントリー「ご報告:三橋貴明こと中村貴司君との裁判に圧勝しました」のコメント欄を見ると、まさに「狂気」が充満していることが理解できると思います。
https://www.kurayama.jp/modules/wordpress/index.php?p=1572
一つ目の話は、倉山や田母神という個人の問題ですが、二つ目は「社会現象」です。
なぜ、ここまで間違ったことが明らかになった倉山や田母神を、信奉者たちは支持し続けることができるのか。
結局のところ、地下鉄サリン事件などのテロを起こしたオウム真理教が代表株ですが、「カルト」とはそういう話なのだと思います。
支持を続ける理由は、色々とあるのでしょう。
これまで、倉山や田母神のために使ったおカネや時間が惜しい。
あるいは、自分が間違った選択をしていたことを認めたくない、認知的不協和に陥っている、などなど。
結局、人間は弱い生き物ですから、自分を守りたい。
あるいは、自分がとんでもない連中を信じていたことを認めたくない。
結果的に、事実が誰の目にも明らかになったとしても、それを否定し、相手方を攻撃することで自分を保とうとする。
倉山・田母神の支持者ならずとも、誰でもこの手の認知的不協和に陥る可能性はあります。
とはいえ、認知的不協和に陥った「思考」で物事を解決しようとしても、絶対に不可能です。
正しい理解なしに、正しい解決策を編み出すことは、神様にもできません。
正しい理解をするためには、「自分が間違っている可能性がある」ことを認識する必要があります。
とはいえ、自分と何らかのリレーションがある人々は、「お前が間違っている」とは面と向かっては、なかなか言い難いでしょう。
他者との正常な関係が壊れることを恐れ、間違っていることを指摘しない。
結果、情報の歪みが拡大していくことになります。
色々と、考えさせられませんか?
ログインしてコメントを確認・投稿する