リセマムさん、ありがとう。
メモします。
http://resemom.jp/article/2016/03/07/30146.html?utm_content=buffer26fb2&utm_medium=social&utm_source=twitter.com&utm_campaign=buffer
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文部科学省は3月4日、国立大学の授業料が大幅な値上げを行うのではないかという問い合わせに対し、今後、15年間で40万円増加する値上げは考えていないことを発表した。値上げの金額は、あくまでも衆議院・文部科学委員会での質問に対する機械的な試算だという。
文部科学省は、国立大学の授業料に関して「15年間で約40万円の増、約93万円の授業料になる」という大幅な値上げを行うのではないかと問い合わせがきていることに対し、同省の考えを発表。
(中略)
現在、国立大学の授業料は国が定める金額を標準額として、各大学が金額を設定している。最近10年間で標準額の引き上げは実施しておらず、平成28年度予算案では対前年度同額の53万5,800円となっている。
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(超耳)
人材なき国に未来はありません。
日本が力を失うと、国民が苦痛を強いられます。弱い者から先に。具体的には老人です。たぶん、お金が多少あっても幸せに暮らせない時代が来るのではないでしょうか。
弱い者が苦しむ未来を可能な限り緩和したいものですよね。
若者が持てる力を十全に発揮できることは解の一つだと考えます。たくさんの解があり、複数満たさないといけないのだけれど、必達事項の一つとして若者の力の最大活用があると私は思います。
大学でパフォーマンスを発揮するであろう人がいるなら、大学に行ってもらうべきですよね。
嫉妬している場合じゃない。
可能性がある人には優れた研究者やそのほか社会を引っ張る力を出せる人になってほしい。
国費を出してもいいと思うのです。産業革命以降の世界では、一人の突出した才能が、何万人何十万人の生活を向上させることができるようになりました。ときには何億人も。
ちょっと思いつくだけでも、水問題(たとえば逆浸透膜の発展とかで何億人が助かるかもしれない)、エネルギー問題(あまねく全人類が恩恵に浴するかもしれない)、鉱物資源問題(レアメタル代替技術のニュースはときおり聞かれます)、食糧問題(EEZ、排他的経済水域の活用まだ?)という分野で、優れた才能が一日も早く表れて成果を出してくれるとしたら大助かりです。
チャンスは生かしたいですよね。
教育をあきらめるということはチャンスをみすみす捨てること。一人何十万円か何百万円かを援助することはじつに安い投資です。
広き門は、いりません。ある程度は狭き門でいいと思います。国立大学合格者という枠は現状すでに十分に狭いですよね。一定水準をクリアしたとみなしていいと感じます。大いに援助して、学究の道へと人材を誘いたい。国民全員の願いじゃないでしょうか? 政治家も官僚も、どうか大学進学への狭き道を立派に舗装してもらいたいと思います。
学費の大幅値上げは、全員に厳しい砂利道・ぬかるみ道を歩かせるようなもの。経済力がある人はスイスイと牛車に乗って通るのかもしれません。でも庶民の生まれには通れなくなるかもしれない。そういうのはダメなんです。
官僚の仕事は実務。
政治家の仕事は国民の嫉妬心をそらし、実利を納得させること。要するに「学力が低い人間には死ねと言うのか」「学力差別だ!」とか言い出す嫉妬バカを黙らせる手を考えること。
ちゃんと参院選で上手に訴えてほしいなー。手腕を見せてほしいなー。
二十年後、三十年後に老人となる人たちには、必ず至る暗黒の未来なんですから。
シンギュラリティに全額ベットしちゃうわけにもゆかないでしょう?
あくまで私たちが泥臭く世界を前に進めるつもりでいないといけないんだと思うんですよ。
少子化は、もうだいぶ前に分水嶺を超えちゃったんで劇的に緩和することはないんだと思います。だから絶対に老人は不幸になることが確定です。
せめて、苦痛を緩和するほうには、どんどん努力をしていきましょう。まだまだ豊かな私たちの資金リソースをつぎ込みましょう。二十年後、三十年後から見たら潤沢でいくらでもやりようがある豊富な予算の枠内で、最大限やりましょうよ。
今の若者つまり未来の老人をちょっとくらいは楽にさせられるようにさ。
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