参加しているコミュのひとつでちょっとした話ですが。
80年代の頃、農家の嫁不足を補うために東南アジア、主にフィリピン女性を結婚相手に選ぶ「アジアの花嫁」が話題になりました。
当時、日本が豊かになった時代です。
、同居、きつい農作業、プライバシーや娯楽の無い生活、悪条件が揃っているし、また、全ての農家がではないでしょうが、男尊女卑の因習もまだ色濃い面もある(2chiの膿家みたいな(^^ゞ)、【農家の嫁】という道を選ばなくても、女性には他にも選択肢が選べるようになったし、また、そういう【農家の嫁】を経験してきた母親が「娘は農家に嫁がせたくない」という家も多かったようです。(そのくせ、息子には嫁が欲しいわけですから、勝手といえば勝手ですが)
当時、その話を聞いて、なんだかなあ、とモニョモニョ感が強かったです。
嫁を貰う側の農家の男性は、「愛し合って一緒になりたい」わけではなく、農作業や介護や跡継ぎを産む道具としての「嫁」を、貧しい国の女性の足元見て買うようで、実質的な人身売買みたいだなあ、と。
嫁いでくる女性の側は、実家に仕送りが出来て家族が助かるなら、と、ロクに言葉も解らない知らない国にくるわけですから。
けれど、それでも、家族が助かるなら、うーん、これはこれでよいのだろうか、しかし、見たいな(当時ネットがあったら、さぞ喧々諤々の議論が飛び交ったでしょうね)
で、このアジアの花嫁、それからしばらくはマスコミでも取り上げられましたが、今、殆ど話を聞きません。
レイシストたちも、話題にしませんね。
あれから30年近く経ちます。子供が産まれていれば、もう成人していて、なかには孫もいる人もいるでしょう。
彼女たちは、いろいろあっても、最終的にその土地になじんで「農家の奥さん」になったのか?
それとも、表面には出ない闇があるのか?
もし前者なら良いのですが。
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