食品照射

つぶやきでちょっとだけ書きましたが、これはちゃんと書かねばなるまい。

まず第１に、生きている生物に照射するのと、死んだ「物質」に照射するのとでは、全く意味が違います。7kGy を生き物にあてたら、生き残るのはクマムシぐらいでしょう。
# クマムシ、10kGy でも生きてるらしい

とはいえ、大量の放射線を照射すると、物質にも様々な変化が生じます。
放射線のエネルギーは、物質中の原子から電子を吹っ飛ばして電離してしまいます。
イオンにしてしまうわけですね。紫外線とかの電磁波と、いわゆる放射線の違いは、
この電離作用があるか無いかです。
# 法令上は電離放射線という用語があります

で、イオン化された原子は様々な化学的な反応を起こします。
生物はほとんど水で出来ていますから、イオン化された結果、いわゆる活性酸素という物が発生します。
これが DNA を攻撃するのですが、別に放射線以外でも活性酸素は生命が活動している限り常に生成されていますし、修復機能も備わっています。
が、今回は死んでしまった「物質」が対象ですから、DNA が壊れようが全く関係有りません。
単なる有機物として、「変質」してしまうことがあるわけです。

高エネルギーの加速器などを使ったことがある人は分かると思いますが、
「有機物」は、比較的放射線に弱いのです。
金属やセラミックスは、イオン照射や中性子照射をされないとほとんどダメージを受けないのに対して、
有機物はかなりぼろぼろになってしまいます。
高分子のポリマーが切れたり逆に重合したりしてしまうからです。
産業界では、この働きを使って強いタイヤのゴムや繊維を、コントロールされた放射線を利用して作っています。

臭いが出る、というのはこのような化学的な反応による物で、
未知の化合物が生成されるかも知れない、と言うわけで安全審査が行われているわけです。
活性酸素が生成するから危険だ、と言う人も居ましたが、「活性」の意味をよく考えましょう。
ごく短時間で反応してしまうから、「活性」なのです。

さすがにこの点はほとんどの方が理解しておられましたが、
決して、放射線によって放射能汚染されてしまうから問題視されているわけではありません。
Co-60 の 1MeV 程度のγ線では放射能は生成しません。
ちなみに、7kGy と言うエネルギーは、Gy = J/kg ですから 7kJ/kg ということで、
1kg の水に 7000J の熱量を与える、つまり7℃温度が上がるだけに過ぎません。

それとは逆に生きている生命体に対しては、放射線はご存じのように、
数 Gy 吸収しただけで死に至る物です。
上で挙げた、DNA 損傷が「致命的」だからです。
これを、殺菌に使用しているわけです。
もちろん、全ての菌を殺せるわけではありません。
はじめに書いたクマムシのように、芽胞状態の生命体は放射線に強かったりして、
完璧という訳ではないのですが、それは他の殺菌方法も同じです。

そして放射線の特徴として、透過力があります。
物質の中にまで入って殺菌できるわけです。
様々な医療機器は、その多くが放射線によって滅菌されています。
私は小さい子供がいるため、パッケージに書いてあるので知ったのですが、
母乳パックなんかにも使われています。
密封した後に、内側を殺菌できるというのが、薬剤や蒸気などを使った殺菌と全く異なる特徴だからです。

参考: ガンマ線・電子線のメリット
http://www.jisco-hq.jp/compare.php

滅菌全体の市場の、6〜7割程度を放射線でまかなっています。
全く、特殊な技術でも何でもなく、非常に大きな市場規模があります。

実は、原子力発電の経済規模と、それ以外の放射線利用（医療、工業、農業など）の経済規模では、
後者の方が大きいのです。2011年以前でも。
原子力村とか言う人は、その現実をまず知りましょう。
アメリカなどでは食品照射が日本よりずっと進んでいますので、その差はずっと大きくなっています。

参考: 農学・生命科学における放射線利用（発電以外の放射線利用規模）
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tits/20/6/20_6_15/_pdf


反対派の方の文章を見ると、放射線を照射した食品を食べたマウスが・・・とか書いてありますが、
それほど強烈な毒性を持つ化合物が大量に生成されていれば、容易に検出できると言うことがどうして理解できないのでしょうか。
また、元々放射性照射食品は軍隊が・・・とか書かれていたりして、お里が知れますね。


■生レバー刺しの復活なるか？　放射線照射で殺菌効果を確認　難点は硫黄系の甘い臭気…
(産経新聞 - 12月05日 12:29)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=133&from=diary&id=3745529