発注を受けて1巡りあまりが過ぎていた。
工場の生産体制も確立され、納期までには不足無く納める事が出来そうだ。
こう記すと、男はカップの茶を一啜りして、感慨深くため息をついた。
男の上着はよれよれで服装に気を遣う気配など感じられず、
髪もボサボサのままだった。
「あなた、また、ボサボサよ」
雌のゴブリンがとことこと小走りにやってきて、男の肩に飛び乗る。
甲斐甲斐しく、くしでそれをとかし始める。
そのゴブリンは服を着ており、男よりも小奇麗にしていた。
なかなか愛嬌のある顔立ちをしており、可愛いとすら表現できるだろう。
「ちゃんと、歯、磨いてね。虫歯なるよ」
口うるさく雌ゴブリンは続ける。
「磨いたよ。アーニー」
やれやれといった感じに男は返す。
「アン、あなたは10秒しか磨かない」
この所帯じみた雰囲気に男は悪いものを感じてはいなかった。
むしろ、落ち着くべきところを得られた事に感謝していた。
一般のイメージではゴブリンは不潔で野蛮ではなかろうか?
ただ、少なくとも彼らの一族はそうではないようだ。
毎日、川でよく体を洗い、歯をも磨く。
ゴブリン達にとっての住処の洞窟も掃除が行き届いており、
食べる虫の殻ゴミも一か所にちゃんと集められている。
彼らに文字は無いが口伝による文化があり、
歌や踊りや物語という概念も理解している。
一族を大きな家族という見方でそれぞれが役割を担う。
雄が狩猟や採掘をし、雌が育児や家事を担うの専らであり、
我々人間とさして変わらない生活体系を感じる。
強いて言うのなら、人間であれば物事を洗練していくのであるのだろうが、
彼らにはそれがない。
簡素で素朴なものをいつまでも使い続けてきている。
それには進歩はない。
ただ、今の現状にさほど不平を言わない。
(泣いたり、怒ったりするが、ひとしきりそれが終わるとそれでお終いなのだ。)
ゴブリンにも神という概念があり、神が与えてくれたものを
そのままに受け入れるという考えがある。
(神に祈ったりお願いしたりはする。)
男、アンドスタノウスはそういった彼らの素朴さ故に
人の世に暮らすよりも居心地の良さを感じていたのだ。
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