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2015年11月16日12:13

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スーザン・ソンタグが語った�狄深足�

マドンナ、仏テロ攻撃に「無条件の愛でテロ抑止を」と訴え。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=103&from=diary&id=3714404

テロリズムとは、「暴力による政治的目的を達成したり、政治的主義・主張を広めようとする行動様式」だとすると、そのようなテロリズムに対してはたして武力という�猖塾廊瓩砲茲辰晋逝儘気靴茲Δ箸垢襪海箸�本当に黄河があるのか、そのようなやり方がはたしてテロリズムの撲滅につながったて行くのか。答えは簡単である。そのようなやり方では何ら効果は出ないということは分かり切っていることなのである。

中東における政治的混乱は、第一次世界大戦後のイギリスとフランカによる身勝手な国境線引きにあるということがよく言われる。そこには民族や宗教という地元の歴史や文化を全く無視した形でイギリスとフランスの自国の利益だけを考えて国境線を引いたことに起因していると言われる。「イスラム国」はそのような国境線を越えて、壮大なイスラム教国家を建国しようとするもくろみなのである。

あるいは今回のパリ同時テロ事件でイスラム過激派の幹部が�爛僖蠅惑海┐討い襪��瓩箸いΩ斥佞鮖箸辰討い燭箸いο辰魏燭�で聞いたが、この�爛僖蠅惑海┐討い襪��瓩箸いΩ斥佞蓮△修發修皀淵船后Ε疋ぅ弔�フランスのパリ侵攻と占領を果たした時に語られた言葉だと聞く。もしもナチス・ドイツがなければ、イスラエル建国もなかったかもしれない。イスラエル建国がなかったら、現代のパレスチナ問題も起こらなかったかもしれない。パレスチナ問題がなければ、中東の政治的不安定さもなかったかもしれない。そう考えると現代の中東で起こっていることの根本原因はすべて欧米の身勝手な帝国主義に起因していることによるのだとも考えられる。

テロは�狒�しみの連鎖�瓩砲茲襪噺世錣譴襦�わたしは、高橋源一郎氏の『ぼくらの民主主義なんだぜ』(朝日新書)の中でアメリカ人作家・スーザン・ソンタグの2001年9.11直後の言葉とそのアメリカ社会の反応を次のように書いている。

「2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機の飛行機が突入した。イスラム原理主義グループによる同時多発テロだ。ベルリン滞在中のアメリカ人作家スーザン・ソンタグは、その2日後、このことについて意見を書き、テロから6日後に発売された雑誌に掲載された。ソンタグはこう書いている……まず、共に悲しもう。だが、みんなで一緒に愚か者になる必要はない。テロの実行者たちを「臆病者」と批判するが、そのことばは彼らにではなく、報復のおそれのない距離・高度から殺戮(さつりく)を行ってきた者(我らの軍隊)の方がふさわしい。欺瞞(ぎまん)や妄言はなにも解決しない。現実を隠蔽(いんぺい)する物言いは、成熟した民主国家の名を汚すものだ、と。/ この発言は、「団結」を乱すものとして、全米で憤激を巻き起こした。ソンタグは「アメリカの敵」を擁護する「売国奴」と見なされ、殺害予告をされるまでに至った。それでも、ソンタグはすぐにニューヨークに戻り、発言を続けた。/ 彼女は、どうしてそんな発言をしたのだろうか。おれは、ずっと考えてきた。もしかしたら、彼女は、殺されても仕方ないと思っていたのかもしれない(彼女は、長期にわたる癌〈がん〉闘病生活を送っていて、2004年に亡くなる)。愛する祖国が、憎悪にかられて、暴走するのを止めるために、「正気」に戻るよう促すためには、それしか方法がなかったのかもしれない。実際、ブッシュ政権下のアメリカはやがて、「イラクには大量破壊兵器がある」という情報を捏造(ねつぞう)して、戦争を開始することになるのである。/ おれは、ソンタグのような人間こそが、最高の愛国者ではないかと思う。同じような事件がこの国で起こったとき、同じような感想を抱いたとして、ソンタグのようなことが書けるか、といわれたら、おれには無理だ。そんな勇気はない。/ ソンタグはこんなことをいっている。「自分が大切にしている諸権利やさまざまな価値の相克に、私は取り憑(つ)かれている。たとえば、ときとして、真実を語っても正義の増大にはつながらないということ。ときとして、正義の増大が真実の相当部分を押さえ込む結果になるかもしれない、ということ。(略)/ 私自身の見解は、もし真実と正義のどちらかを選ばざるをえないとしたら――もちろん、片方だけを選ぶのは本意ではないが――真実を選ぶ」

わたしには、はたして日本でテロ事件が起こったとき、はたしてネットに「日本国民よ、冷静になれ」と呼びかけを書き込む勇気があるか否か自信はない。あの民主主義社会を謳歌するアメリカ社会においても9.11直後は「テロに屈するな」という言葉にジョン・レノンの「イマージン」という曲は一切流されなくなったという。そんななかでスーザン・ソンタグの言葉はいかに勇気のある言葉だったのかということを思いやられるのである。そしてわたしがスーザン・ソンタグの言葉で重要視するのが�犹篌�身の見解は、もし真実と正義のどちらかを選ばざるをえないとしたら――もちろん、片方だけを選ぶのは本意ではないが――真実を選ぶ�瓩箸いΩ斥佞任△襦2燭�事が起こると、人々は�狎亀銑瓩鮓譴蹐Δ箸垢襦�しかしその�狎亀銑瓩肋錣豊狄深足瓩任△襪箸聾造蕕覆い里任△襦�わたしたちが考えるべきは�狎亀銑瓩任呂覆��狄深足瓩任呂覆い世蹐Δ�。その事件はなぜ起こったのか、その原因や背景を深く掘り下げていくことではないだろうか。

そう考えたとき、はたして「テロに屈するな」という言葉は正しいのか。むしろその「テロに屈するな」という言葉を疑うべきではないだろうか。そして何の罪もない自分の家族や兄弟が�犖軫��瓩箸いΩ斥佞濃Δ気譟△靴�も誰からも無視され続けたとすれば、その憎しみはいかばかりなのか。そしてその憎しみが新たな�狒�しみ�瓩悗範∈燭靴討い�とすれば、テロの解決策に�猊靂廊瓩箸いλ塾呂浪燭虧鯲�たないということは自明のことであろう。しかし欧米は今回の「イスラム国」への�猜麌��瓩鮃佑┐討い襪里任△襦�いかに愚かなことなのか。

マドンナは�爛謄蹐紡个垢覯魴荳��瓩髻◆嵬犠魴錣念Δ垢襪海箸脇颪靴ぁ�自分と違い理解しがたいものを愛するのは容易くないけれど、愛さなくては。そうでないと、このような出来事は永遠に続くわ。」と語ったという。それに対して、米メディアの一部は「斬首をも厭わぬ残虐なテロ組織を本当に愛せるのか」「無条件の愛で残虐行為を止められるのか」と反論し、「愛や尊敬、祈りでは彼らを止めることはできないだろう」との推論も伝え、マドンナの説く“解決策”にテロ抑止効果はないと示唆した。しかしながら�猊靂廊瓩箸いλ塾呂�このテロという問題に対する解決策として全くの無力であることは自明のことではないではないのか。テロ対策には、かなりの時間がかかる。それはそもそもテロの発端は100年前の第一次世界大戦にまでさかのぼるのではある。100年間、今のテロリストたちは黙らさられてきたのだ、では今度はわたしたちが黙ってマドンナの言う�牋Ν瓩鮹蹐鞍屬任呂覆い世蹐Δ�。愛には時間と忍耐が必要なのである。そしてそのような愛を持つことのできる人間こそが真に強い人間なのである。わたしたちは芯に強い人間になるべきではないだろうか。わたしはそこにスーザン・ソンタグが語った�狄深足瓩�あるように思われてならないのである。

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