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2015年11月08日14:28

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シュリーフェンプランという幻

兵員の増強を求めるシュリーフェンが、ドイツの徴兵制度の見直しなどを求めて作成したいわば政治文書にすぎず、この文書はシュリーフェンの戦略思想と何ら関係ない、とツーバーは主張する。
ツーバーによれば、シュリーフェンの隠された意図は劇的なまでの新たな戦争計画を立案することではなく、彼が長年にわたって懸念していた陸軍の兵員不足問題を解決するための強力な論理を与えようとしたことである。

確かに、実在しない 「想像上の師団」 を用いたシュリーフェンの文書は戦争計画と認められないとするツーバーの指摘には説得力がある。
いうまでもなく、ツーバーの所論には大いに議論の余地がある。
だが彼は、国家戦略レベルであれ軍事戦略レベルであれ、何が真に戦略を決定する要因なのかについて読者に鋭く問題を突き付けたのである。


基本的にツーバーは、当時、保守的なドイツ軍人や陸軍省、そして帝国議会との軍備増強をめぐる対立に決着を付けたいと考えていた陸軍参謀総長シュリーフェンが、予算確保の目的で「シュリーフェン計画」なるものを作り上げたと結論しているのである。


その意味において「シュリーフェン計画」とは官僚的要請、とりわけ予算確保のための必要性の産物であり、必ずしも同時代の戦略環境に対応した明確な戦争計画の青写真ではなかったのである。


「シュリーフェン計画」の問題点を整理してみよう。バジル・ヘンリー・リデルハートは「シュリーフェン計画」に次のような厳しい評価を下している。
すなわち、「迅速な勝利を目的としたシュリーフェンの構想の根底には、殆んどすべて大胆不敵な離れ業に対する賭博師の確信以上のものはなかった。戦略概念としては、その正体は実行者にとっては『誘惑とまやかし』であり、当初から内在的な、最後に起こり得る致命的結果をともなうものであった。」
また、リデルハートはこの計画に内在する技術的問題を、「ナポレオン時代には可能な戦争計画であったかも知れない。
そして、第一次世界大戦からさらに時代が下れば、再び可能であったであろう。
なぜなら、この時代には空軍力が防御側の兵力移動を麻痺させる一方で、機械化部隊の発展により、包囲運動の速度と範囲が大きく加速・拡大したからである」と簡潔に纏めている。
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