お金を払うんでしょう?
ママは本来は無償ですけれど。
でも私たちはかけがえのないものを持たずに生きるしかないことがあります。私も今は母がいません。もしも母との時間を過ごすことができたとしたらありがたいと感じると思います。かけがえのない時間を過ごさせてくれたお礼にお金で申し訳ないけれど……と、むしろお金でしか対価を渡せないことに申し訳なさを覚えるかもしれません。
お金って素晴らしいですよね。
価値の尺度であり、交換の媒体であり、貯蓄できる性質を持つほかに、ほとんど何とでも兌換する(という設定を社会が共有している)ので、本来どおりの価値の尺度で測れないようなものにで対価として成立することがある。
そんなニュースとして受け取りました。
最後に残る仕事はやっぱり「人」かなあ。たとえシンギュラリティが来てAIがみんなやってくれるとしても。私たちは私たちの頭蓋の外には出られないし私たちヒトの魂以外のもとに置換されるようにはできていないのですよね。
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ママ貸し出しサービスが話題に、アイロンがけや家庭料理など提供。
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=3695271
「母親を貸し出します」――。そんなサービスを提供するウェブサイトが誕生し、話題を呼んでいる。
「NEED A MOM」では、アイロンや家庭料理はもちろん、ただ自分の問題に耳を傾けてくれる存在を貸し出すサービスを提供しているという。
同サイトには「自分のライフスタイルに口出しをせず、自分の髪型や洋服、友達、食事傾向にも文句を言わず、姉のマギーや従兄弟のジェイクと比べることのないママ」「コーヒーやワイン、ホットココアを一緒に飲みながら話を聞いてくれたり、履歴書作りや書類作成を作ってくれたり、大切な面接に向けてシャツにアイロンをかけてくれるママ」を提供すると記載されている。
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(超耳)
赤ちゃんポストについてメモとして画像を貼っておきました。(画像1,画像2)
それぞれこちらからです。2つめはコメント欄。
“ポスト”に託された命 〜赤ちゃん100人のその後〜
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail02_3636_all.html
『赤ちゃんポスト』
しかし『赤ちゃんポスト』とはなんという発想か…。
俺も個人的にかなり気になったから少し調べてみた。
http://blog.livedoor.jp/hanaki_kyoma/archives/50943586.html
>姉のマギーや従兄弟のジェイクと比べることのないママ
まったく関係ないですけれど、いまだにジェイクと聞くとシューターの彼を思い出します。プッシュンップッシュン。(画像3)
当時、赤ちゃんポストにはものすごい数の批判の声があったのを覚えています。慈圭病院ではこうのとりのゆりかご」と呼んでいて「赤ちゃんポスト」は他者が呼ぶ通称だったのですが、通称のほうを挙げて「生きている赤ちゃんをポストに入れるとはけしからん」式の意見がほんとうに多かった。
画像2は2007年のコメント。心の温かい人が書いたコメントだと思います。
でも
>ちぇには赤ちゃんポストとか残酷過ぎて理解できなぃよー(:_;)
はひどいと感じます。「こうのとりのゆりかご」を設置することで、「赤ちゃんポストに入れられる不幸」とは比べ物にならないほどの残酷な運命から救うことができる点を少しも考えていません。
考えないこと、他人の言葉に耳を貸さないということは、なんと残酷なことでしょうね。
どんなに心が温かくても純粋な気持ちから出たことでも、愚かであったなら人の命を奪い心を殺す悪になりうるという例として私は痛烈に記憶しているのです。
記事の「ママ貸し出し」はきそんなひどい人たちの根拠もない批判にはさらされないこと、希望します。
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