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2015年10月06日09:13

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人の目は享楽を容認しないところまできたか。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=3648138

マイナンバーの話は今回はしない。

酒なんかいらないと思う。
短期的には事故を、長期的には健康被害を、膨大な量の社会的問題を撒き散らす。
しかもそれがまるで薬であり社会の必需品のように言われて流通する。
自分の意思で制御出来ればいいという論理は根本的に破綻している。
それができるなら最初から飲まないように自制すればよい。
そもそも自制できないからそういう論理になる。

けれども、文化的側面、人の感情の面を考慮すると、これを否定するのは難しい。
私も、上記のような気持ちを持ちつつ、表に出すことはない。
いわば必要悪の側面があるのだろう。

実は、すべての快楽はなにがしかの過程で中毒者を生む。
これは脳の構造によるものであり、いわば生まれ持った欠陥といってもいい。
遺伝的な病気と同列のもので、本人の意思では防ぎようがない部分があり、
これが最も悪いほうに発現すると性犯罪者になる。
しかし、この脳の作用は騙すことができ、女遊びを始めるとギャンブルが止んだり、
趣味に置き換えることができたりする部分もある。
ただ、本能を強く刺激する、異性、金、狩猟(または食)の快楽を完全に止めることは難しい。

記事中のホステス、というのがどのレベルのものかはわからない。
ただ、この場合は階層で言えばもっと下、売春婦のほうが重大な問題をはらんでいると言っていい。
その綺麗な上澄みとしてのホステスを取り上げているに過ぎないのは全員がわかっている。
個人的には、売春婦を必要としない。
けれども、必要とする男女は確実に存在する。男だけではない。女も必要とする。

タバコやパチンコが滅ぼされる方向性にあるのは良いことだ。
(タバコは短期的に死に至る病ではないので、かわいそうな気がする。)
けれども、快楽という点では他の何かと区別するのは難しい。
例えば釣りもそうだし、ファッションも同じことだ。
すべて虚しく、金がかかり、残るものは何もない。
ブランドバッグはケータイゲームの課金と違って現物が残るから良いということは「ない」。

そういう娯楽が排除されつつある。
登山やマリンスポーツでさえも自己責任だ税金の無駄だという。
ジョギングもサイクリングも、公道でやるなという。
ブランドでけばけばしく飾り立てるのも、カフェ巡りも無駄だと。
自分がやらないことに対してNOを突きつけるのはイージーだ。
けれどもそれはいつか自分にも回ってくる。
節度をしれ、と言うのは良いことだが、批判し隔離することは慎まなければならないのではないか。





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