『日本がグローバルな企業・投資家の利益最大化のための経済へと構造が変わりつつあり、このような構造を直すためには国民が「正しい知識」を身に付けなければならず、日本を「日本国民の日本」のまま、将来世代に引き継ぎたいならば、足掻くしかありません。』という話でしたが、この「足掻く」について興味深い話があります。
”藤井先生が大変印象的なことを仰っていたので、ご紹介します。
すなわち、「日本の全ての国民は、権限を少しずつしか持っていない」という現実です。
我が国は民主主義国家であり、独裁国家ではありません。
民主主義国、国民主権国家である以上、たとえ「総理大臣」と言えども、全ての権限を持っているわけではないのです。
総理大臣や財務大臣と比較すると小さくなりますが、我々も「権限」を間違いなく持っています。
そして、日本国民の「望む政治」とは、バラバラです。
バラバラの望みを持つ国民が、わずかしか持たない主権、権限を用い、話し合い、牽制し合い、影響を与え合い、妥協し合い、何とか進むしかないというのが日本の「政治」という話です。
デフレ対策一つとっても、政府の政策は不完全というか、率直に言えば間違っています。
金融政策はともかく、財政政策という「需要創出策」をさぼり、さらにデフレを深刻化させる構造改革に突き進んでいます。
大変、困った状況ではありますが、たとえば安倍総理や麻生財務大臣がある日「心を入れ替えた」として、それでいきなりガラリと「政治」が変わるということは、基本的には無いのです。
総理も麻生大臣も、権限の「一部」しか持っていません。
ならば、どうしたらいいのでしょうか。
足掻くしかありません。
それが、民主主義国である日本国の国民の「義務」という話です。
この「足掻く」という言葉には”活路”を見いだそうとして必死になって努力する、という意味があるそうです。
民主主義国である日本国の国民の「義務」が「足掻く」こと。
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