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2015年09月22日10:12

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秋の近況 変人画家の調査

今年は、猛暑のあと、秋が早い。冬も早いだろう。
ヒガンバナが最盛期、シュウカイドウと、妍を競う。
うちのカンナが、やっと咲き始めて、まだツボミがある。
アサガオがおわりかけ、(ほんの1か月半しか咲かなかったわけだ)
バラが、ちょこちょこ咲いている。
ハギが、まだ残っている。
柿は、めちゃ小粒なのが鈴なり。

58歳が、スズメバチ退治していて、ミツバチに右の額を刺された。
まぶた迄、伝線している。
このところ、細ネギの出荷をしていて、順調に売れている。
ネギの下半分の枯葉の除去作業がめんどくさい。

遠縁の変人画家の人生の発掘に関して、
石井十次の映画をDVDで借りて、再視聴してみた。
この十次の孤児院に来た娘さんが、変人画家の晩年を世話してくれたのだ。
十次の故郷に、十次が開墾した茶畑の映像も出てくる。

もっとも感動的なのは、アメリカの子供達が自力で稼いだお金を寄付してくれた時と、
孤児院の子供達が、自分達の将来のためにしてある貯金を、
新たに発生した子供達のために、使って欲しいと、申し出るシーン。

十次は、悩みながらも、孤児達の心を育てる事に成功していたのだ。
それにしても、周囲の地元民や、その子供達の迫害も激しい。
朝鮮に行った成長した孤児が、病死してしまうのも悲しい。

映画は、ブラジルに行った成長した孤児の孫が
祖父のルーツを訪ねる形を取って、最初と最後をまとめている。
ほかにも、アメリカに行った孤児もいた。

十次が、故郷の開拓を決心したのは、迫害の激しさも大きな原因だった。
いつも、いじめられなければならない孤児達が、自由に羽ばたける土地。
「迫害されたら逃げなさい」は、イエスの教えでもある。
武力などで、戦ってはいけない。

今、戦争法案が国会で成立して、十次の人生の言葉が身に染みる。
日清、日露の戦争は、多くの孤児を生み出した。
震災、水害の孤児引き受けだけでも大変なのに。

アメリカは、シリア難民の受け入れを表明している。
今度の法案は、アメリカに徹底従属する法案だ。
それなのに、難民受け入れだけは、全く眼中に無い日本。
難民中心に国家を形成したアメリカとの違いだろうけど。
悲しい日本である。

変人画家は、100歳まで生きた、牛窓のオリーブ林を愛した
佐竹徳に、セザンヌを紹介した画家でもあった。
佐竹徳は、大阪の布団屋さんの息子さんである。
彼の妻は さらに108歳まで生きた。
佐竹徳は、青森の自然を愛し、まず奥入瀬など渓流の画家として有名になった。
彼は、若くして成功し、牛窓に来てからは、晩年、アトリエの客に
コーヒーを出す画家として知られた。

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