今年は、猛暑のあと、秋が早い。冬も早いだろう。
ヒガンバナが最盛期、シュウカイドウと、妍を競う。
うちのカンナが、やっと咲き始めて、まだツボミがある。
アサガオがおわりかけ、(ほんの1か月半しか咲かなかったわけだ)
バラが、ちょこちょこ咲いている。
ハギが、まだ残っている。
柿は、めちゃ小粒なのが鈴なり。
58歳が、スズメバチ退治していて、ミツバチに右の額を刺された。
まぶた迄、伝線している。
このところ、細ネギの出荷をしていて、順調に売れている。
ネギの下半分の枯葉の除去作業がめんどくさい。
遠縁の変人画家の人生の発掘に関して、
石井十次の映画をDVDで借りて、再視聴してみた。
この十次の孤児院に来た娘さんが、変人画家の晩年を世話してくれたのだ。
十次の故郷に、十次が開墾した茶畑の映像も出てくる。
もっとも感動的なのは、アメリカの子供達が自力で稼いだお金を寄付してくれた時と、
孤児院の子供達が、自分達の将来のためにしてある貯金を、
新たに発生した子供達のために、使って欲しいと、申し出るシーン。
十次は、悩みながらも、孤児達の心を育てる事に成功していたのだ。
それにしても、周囲の地元民や、その子供達の迫害も激しい。
朝鮮に行った成長した孤児が、病死してしまうのも悲しい。
映画は、ブラジルに行った成長した孤児の孫が
祖父のルーツを訪ねる形を取って、最初と最後をまとめている。
ほかにも、アメリカに行った孤児もいた。
十次が、故郷の開拓を決心したのは、迫害の激しさも大きな原因だった。
いつも、いじめられなければならない孤児達が、自由に羽ばたける土地。
「迫害されたら逃げなさい」は、イエスの教えでもある。
武力などで、戦ってはいけない。
今、戦争法案が国会で成立して、十次の人生の言葉が身に染みる。
日清、日露の戦争は、多くの孤児を生み出した。
震災、水害の孤児引き受けだけでも大変なのに。
アメリカは、シリア難民の受け入れを表明している。
今度の法案は、アメリカに徹底従属する法案だ。
それなのに、難民受け入れだけは、全く眼中に無い日本。
難民中心に国家を形成したアメリカとの違いだろうけど。
悲しい日本である。
変人画家は、100歳まで生きた、牛窓のオリーブ林を愛した
佐竹徳に、セザンヌを紹介した画家でもあった。
佐竹徳は、大阪の布団屋さんの息子さんである。
彼の妻は さらに108歳まで生きた。
佐竹徳は、青森の自然を愛し、まず奥入瀬など渓流の画家として有名になった。
彼は、若くして成功し、牛窓に来てからは、晩年、アトリエの客に
コーヒーを出す画家として知られた。
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