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2015年08月31日23:40

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「この国の空」

SWITCHインタビュー「二階堂ふみ×菅井円加」を観ていたら「この国の空」が流れて
なんか無性に観たくなって
2回目を観に行って来たので、
本日はその感想を。

第一印象は…「ガロ」の劇画みたい(笑)。

二階堂ふみの出演作にハズレなし…みたいだよねー。
宮崎あおいや蒼井優の若い頃でも
ここまで出演する作品の質が充実していなかった…ような気がする。





「この国の空」 ’15


監督・脚本:荒井晴彦 原作:高井有一 撮影:川上皓市
美術:松宮敏之 音楽:下田逸郎
m:長谷川博己,利重剛,石橋蓮司,上田耕一,奥田瑛二
f :二階堂ふみ,工藤夕貴,富田靖子


脚本家・「映画芸術」発行人 荒井晴彦の
『身も心も』(’97) に続く監督作。
昭和20年春から文字通り終戦前夜8月14日夜までの
東京世田谷の市井の人々の暮らしが綴られる。
父亡き後 母と世田谷の家で暮らす19歳の里子の性愛の話なのだ。
“性愛の話”というのがミソで
里子は隣家に住む 妻子を疎開させて一人暮らしの38歳の銀行員
市毛と関係を持つのだが、
それは「恋」と胸弾ませて言えるようなものではなくて、
寧ろ 空襲に晒される日常に疲れ
本土決戦で誰も生き残れないような未来を悲観する
戦争に憂いた男女の性欲が疼くように昂進する…
その“疼き”のように
映画は里子と市毛の関係を描いているのだ。
女学校を出た(≒中流家庭の)処女である当時の19歳の女の子は
“愛を知らずに死ぬのかしら…”とは思うだろうけれど、
38歳の隣りの男に惹かれはするだろうけれど、
肉体関係を結ぶほど 自身の性をきちんと認識していないような気がする(笑)。
しかし物語(小説)としては非常に面白い。
映画は戦時下の庶民の生活を恬淡と描いていて
学童疎開で児童のいなくなった町の奇妙な静けさとか
老人の疎開申請には許可が下りるが壮年男子の疎開に許可が下りないとか
家財を置いて疎開する夫婦が近所の親しい人に鍵を預けたりとか
昼間お勤めの単身者の配給を貰って来てあげたりとか
挺身隊逃れで町会の事務に仕事に出たりとか
頂き物や採れた野菜をおすそ分けしたりとか
知人の農家に買い出しの母娘を案内したりとか
ご近所さんが肩寄せ合って不自由をしのいでいる様子の一々が
こうの史代「この世界の片隅に」の緻密さを思い出させて
興味深い。
こうの史代の暖かな触感を「ガロ」の劇画風味にして
50年代邦画の画角で動画にしている感じ。
もう一つは横浜の空襲で被災して夫と子どもを喪い里子の家に転がり込んだ伯母。
彼女の他にも被災者である親兄弟や親戚を受け入れるに際し
様々な軋轢が浮上することが登場人物の言で明らかになるが、
“肩寄せ合う”の裏側では
深刻な親族不和や不信が起きていたことが窺える。
そのこと自体は新規ではないが
母とその姉(伯母)と里子―という女3人だけの家に不和がもたらす空気を
容赦なく描いているのがいい。
この“女3人”が里子自身も含めて“不倫”を容認する気持ち悪さが
里子の処女喪失そのものよりも見どころのような気がする。
8月14日深夜、市毛は“近日中の敗戦”の報を持って里子宅を訪れるが
その際 母と伯母は
明らかに里子と市毛の関係を知っていてそれを許容しているのだ。
平時ならそのような倫理に悖るふしだらを許すはずがないのに
二人の中年女性は
里子の瑞々しい肉体が性を知らずに滅ぶことの方が
不倫よりも悲しむべきことだ…と思っている。
普通の主婦がそう思うくらい戦争は死を身近にする。
女の性を(肉体の愉悦を)知っている彼女らは日常的な「死」を前に
生を性と結んで恥らわない。
『戦争と一人の女』と同様の牝の本能みたいなものが
生々しい臭いを漂わせている。
生はまた食うことに現れ
荒井晴彦は当時の 食糧の極端に不足した食卓を、
貧しい食事を平らげる食欲を、
ことさらにしっかり描こうと企む。
空襲がもたらす死が生を照らし、
ひもじさが生を認識させ、
焼夷弾に焼かれて死ぬことも 飢えて粗末な食糧を奪い合うあさましさも
諦念のように戦争に疲れた男や女を覆い
性欲はズキズキと昂進するのだ。
茨木のり子の「わたしが一番きれいだったとき」が朗読されるが、
この“疼くような性欲の昂進”こそが物語のテーマであるだろうし
これは詩の行間にしか摑まえることができない類のもので、
“詩の行間”は
高井有一の原作や荒井晴彦の演出にではなく
二階堂ふみの里子の摑まえ方に見えるような気がする。
『浮雲』の高峰秀子と同じように。
倦怠と性愛と情愛が攪拌され 混じり合わずに
いずれかが澱となって沈殿するような名状し難い気分…が
どちらのヒロインをも美しく妖しく象っていると思うから。
よい映画だと思う。
佳作。
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