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2015年08月28日05:04

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小田実(まこと) 2000年 ひとりでもやる、ひとりでもやめる

ひとりでもやる、ひとりでもやめる。
「良心的軍事拒否国家」日本・市民の選択

この分厚い本は 2000年発行の論文集。

まだ、全部読んでいないのだけれど、論理が明快で、
心動かされる文章。

今、ギリシャは破綻した国家として新聞で騒がれるけど、
この本で、コソボ紛争の時、唯一、「正義の国側」として戦争に
参加することを拒否したと知った。

実態は、今と同じく、超貧乏だから、そんな事する力は無いという
ただ それだけの かっこ悪い現実だったのかもしれない。

しかし、正義の戦争だからといって戦争に参加すれば
罪のない市民を絶対殺してしまうからという論理は まさに正しかった。

ギリシャが貧乏なのは、軍需産業に加担しないからなのではないか?
と、私の単純な頭は 推測してしまう。
世界で最も儲かる産業は 軍需産業であり、大企業はたいてい参加している。

小田氏の専攻はギリシャ古典だから、アテネの民主主義の実態にも詳しい。
アテネは、黒海沿岸のトルコを搾取していたそうだ。


もう一つ、小田氏が勇気をもって告発しているのは、戦争責任は
トルーマンと天皇にもあるという点。
そして、天皇は 自分はどうなってもいいから、国民を救って欲しいと言ったが、
その前に、天皇の戦争責任は追及しないと、アメリカの約束の確保をしていたという事実。

まあ、トルーマンと天皇の違いは、トルーマンは自分で選んで指導者になったのであり、
天皇は、選択の余地なく、ならされている点だろう。
どこの国の王様も、一世を除いては 強制的に王様なのだから。
天皇が戦争責任から除外されるとしたら、この1点だけだと思う。

また、戦争責任追及は、どこの国に対しても、平等には行われていない事実。

小田氏は、平和について、真剣に対案というか、理想像を言葉にしている。
これは、反対ばかりするのでは、明日が見えないから、
具体像をしめすという点で、大事な作業だ。

小田氏は 指導者になるのは嫌だったようだ。
代表という名でさえ、拒否していた。
皆でやっているだけで、一人でもやるし、議論こそ大事にした。
組織の嫌いな自由人。

小田氏の原点は、8月14日の大阪空襲であり、戦争終結は決まっていたのに、
遂行された、大量虐殺だった。
これもまた、世界のあちこちで行われている、気楽な軍事作業らしい。
軍隊は、特に飛行機は、余っている爆弾があれば、気楽に、そこらに落とすらしい。


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