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2015年06月27日14:31

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レビュー:太田紫織「櫻子さんの足元には死体が埋まっている」

太田紫織「櫻子さんの足元には死体が埋まっている」の第一巻を読了、レビュー。

無類の骨好きである標本士のお嬢様・九条櫻子さんと彼女に振り回される高校生の僕・舘脇正太郎。櫻子さんは行く先々で死体と出会い、その真相を解明していくのだが…とでも紹介すべき内容。
ちなみに第一巻には三つの事件が収録されています。

さて、まずキャラクター性としては視点人物かつワトソンである舘脇正太郎はいわゆる「僕」系のキャラクター。やや消極的かつ常識的で、奔放なヒロインに振り回されつつも彼女に侍る事を選択し続ける、というヤツです。
修論でも引用した大橋崇行の論を持ち出すまでもない、平均的な巻き込まれ主人公と言えるでしょう。これに関しては独創性が無いとみるか、オーソドックスで安定性が高いとみるかは読者次第。自分としましては変に自己主張が強いキャラをワトソンにされても困るだけなので、問題ないと思っています。
次にヒロイン兼ホームズ役の櫻子さん。普通の女子高生が無類の骨マニアだったらさすがにどうかと思いますが、標本士という職業もあって骨知識に長けているのは問題ないと思います。やや常識知らずで他人に無頓着だったり、言葉遣いがぶっきらぼうだったりするのも変人キャラという味付けである以上は問題ないと思います。むしろ萌え。
その他にレギュラーキャラとしては櫻子さんの家のばあや、櫻子さんの許嫁である在原直江がいるのですが、ばあやは基本的に櫻子さんの自宅でお留守番ですし直江の方は話の端々に出てくるものの現段階ではしっかりと会話するキャラクターではないのでおいておきます。

余談ですが、一巻の最初では「ばあや」は「ばぁや」と表記されていたため、「実は職業としての『ばあや』さんと場屋さんとかがあだ名で呼ばれている『ばぁや』さんの二人がいる、叙述トリックなんじゃないの?」とか考えていました。違いました。深読みしすぎた。
でもこのネタって自作小説書くときに何かで使えるかもなあ、と思った瞬間に中西智明の「ひとりじゃ死ねない」を思い出しました。「オレは死ななければならない」には見事に騙されたなあ…

次に殺害トリックなど。
一巻に収録された三つの事件、それらは(ネタバレ防止のため詳細は伏せますが)アンリアルなギミックや偶然・確率頼みの物もないので素朴ながらも奇をてらわない実直な物に見えます。
しかしながら、それを推理するにあたって櫻子さんの骨知識がそれほど役立っていないのが悲しい。確かに骨薀蓄だけで推理されても困るは困るのですが、せっかくのキャラを活かせていない事件ばかりなのは少々残念な所です。
裏表紙で「最強キャラ×ライトミステリ」と銘打たれていることから、櫻子さんの骨好き設定もキャラの味付けの一つだとしてしまえばそれまでなのですが、出来ればもう少し本筋に絡めてほしかった。

最後に、自分がミステリ小説に求める最大のポイント……フェア性。
話はそれますが、そもそも比良坂が最初に読んだミステリは文庫のホームズでしたが、本格的に親しんだのは中学の図書室で読んだ清涼院流水のJDCシリーズでした。
当時の比良坂は清涼院フリークでした。もちろん今でも清涼院流水は大好きです。
しかし、大学で小森先生のもとで様々な探偵小説やその歴史を学び、今ではこのように考えています。
「清涼院の作品は、エンタメとしてみればかなり面白い。しかし、ミステリとしてみればフェア性などには欠け、正統派ミステリとは到底認められない。」
自分自身で犯人当て小説を書いてみたりするようになってから、このフェア性というものを重視するようになりました。
ノックスの十戒とヴァン・ダインの二十則を全部守れとは言いません。そこまで雁字搦めなのも面白くないですし、それらを破った作品でも面白い物はいくらだってあります。
ただしひぐらし、手前は駄目だ。ノックスとヴァン・ダインがやめとけって言った事をほとんど全部破壊してってるじゃねーか! そりゃ正解率低いよ、フェアプレイ精神で戦えば戦うほど裏目に出るからな!
ちなみに比良坂綾音は「ひぐらしもエンタメとしてはかなり面白い」と思っています。だがミステリとしては清涼院以上に駄目だ。

話がそれすぎていました。
さて、この「櫻子さん」でフェア性はどうなのか。
多少前項と被りますが、読者が知らないような詳しい骨薀蓄で解決するのはまだいいとしましょう。作中では無かったけどね。ある意味で「読者が無知なのが悪いのだ」とする解決です。
例えば「フグ毒とトリカブト毒は同時に摂取すると作用するまでの時間が延びる」という事をご存知でしょうか?
どちらも猛毒で有名ですが、それを同時に摂取すると毒が相殺して拮抗し、そのバランスが崩れるまで毒が作用しない(最終的にはトリカブト毒であるアコニチンがフグ毒テトロドキシンより長く残ってアコニチン中毒で死ぬ)のです。
こういった「あまり知られていないけれど事実である事」を推理に用いるのは、自分は問題にしません。
しかしこの作品の場合、推理の手掛かりがかなりの頻度で後出しです。ノックスでいえば第8、ヴァンダインでいえば第15の法則ですが、「読者が知らないことを手掛かりに探偵が推理してはならない」という物があるのです。
他のいくつかの法則は守っても守らなくてもいいと思います。
例えば額面どおりの意味でノックスの第5、「中国人を登場させてはならない」とか。ちなみに真意としては「文化や倫理観などがあまりに違う人物は出さないように」という意味です。
しかし、それでもフェア性を重視するのであれば手がかりは全部出してほしいのです。
確かにこの作品は犯人当て小説ではないですし、謎を読者が推理するのを楽しむ小説というよりは鮮やかに真相を明らかにする櫻子さんを見て楽しむ小説です。
しかし、ライトとはいえミステリを名乗るなら……という思いも残る訳でして。

キャラ性A、謎B+、フェア性Cで総合評価はBクラス……100点満点で75くらいですかね。

ちなみに自分が100点満点で評価する場合、基本的な最低点は50点です。読んで損したレベルからが50以下。
参考までに言っておきますと、ラヴクラフト全集が95点。「ヴァンパイヤー戦争」「大久保町三部作」が75点。自分が知る中で最低のラノベ「想刻のペンデュラム」が60点だという事を鑑みていただければ、だいたい察していただけるかと。
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