つれづれなるままに ひくらし 硯にかわりて電脳とやらで文などしたため
地の果てまで届くとか。おかしいやうなうつつかな
4月は太宰治の「走れメロス」 5月は宮沢賢治の「注文の多い料理店」
6月は「つれづれぐさ」のスペイン語に翻訳されたものを題材にしています
僕はどちらかと言うと文学作品と言われる本は苦手です
走れメロス 注文の多い料理店は現代語なので翻訳も意味がわかりますし
文法も納得できていますが 徒然草となると難しいですね。
最近の英語の教育方法が日本では大きく分けて2つあるそうです
一つは 文法をきっちりやってその後発音等も含めて勉強するのが一番
もう一つは 英語を外国語とでは無く感覚的に理解するのがいい。
双方の言い分はわかります。文法をきちんとやっていないと読解力が身
につかないとか。
しかし文法にこだわっていると実践英語は身に付かない
よく考えてみればもっとものことで両方をやるのがいちばんですね
また 最近は英語のシャワーは良くない。英語のシャワーを浴びると身につく
どっちがいいでですかね。
考えながらもスペイン語の学習は続けています。読む方は何とかなったかな
と思う。しかしながら 長い文章をレコーダーに音読して聞いて見るとあまり
のひどさに噴飯物である。いとかなしうものなり
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