１４ 責めを負うべき者（承前）
ディオスの黒い瞳が伏せた目の中で小さくなった。彼は呟くような声で続けた。
「私は騙されませんよ。雙松（ふたまつ）は確かに、自分の身体ごとぶつからないと、ワニブチを殺せなかったでしょう。美松（みまつ）は、自分が毒入りの酒を飲まないと、池添に致死量を飲ませることは出来なかったかもしれない。でも、等松（ひとまつ）は違います。輪の反対側に等松がぶら下がっている必要などどこにもない。縄の先には氷を結わえて、そこに等松がしがみついて飛び降りれば充分なんです。仮りに、雙松と美松は殉教者だとしましょう。狂った殉教でしょうけれど、自分の命を引き換えにしないと果たせない目的でした。だけど、等松は違います。自爆テロですらない。あなたは、単に、三つの殺人の形式美を整えるためだけに、等松を死に追いやったのです。村の未来に害を成す男たちを倒すため。三つ児にはそんなふうにでも言ったのですか。敵と刺し違えるのが英雄だ。等松には、そういうふうにでも言ったのですか。とんでもない。あなたは自分の計画に酔っていただけだ。日本人というのは、カミカゼを思いついたとき、やっぱり、その計画の中に美しさを感じたのですか？」
祖父の唇が、みるみる歪んだ。三日月形の眉が持ち上がり、顔面が震え始めた。私でさえ、むっとした。祖父はしばらく言葉が出ず、ようやく吸い込んだ息を吐きながら、うめき声を絞り出すようにして言った。
「訳知りに、何ば言うか。松浦��（まつらごう）の跡取りを、わしが無駄に死なすとでも思うとっとか。最後に、等松ば差し向けるときに、お前は縄に首をかけることはなか、ぶら下がるだけで良かち、言うてやったと。ばってん……。等松の首に縄ばかけたとは、自分でやったことったい。不憫か。……ひとりだけは生き残れんち思うたとやろう」
「あなたが、自分も首を吊るよう、指示したのではないのですか」
「違う。くどか」
「あなたは村の未来は考えたかもしれません。でも、彼ら三つ児の未来は一瞬たりとも考えたことはなかった」
「仕様（しょん）なか。松浦��の人間は、安寧のために生き、死なんばいかんと。わし自身の先も長うはなか……。ばってん、由美子が元気かけん、それは良か。また松男の子どもを作ってくるっ」
祖父の唇の端がかすかに持ち上がった。
私はぎょっとして、ディオスの顔を見た。ディオスの黒い瞳の中には、哀しみなのか憐れみなのか、苦さともやりきれなさとも言いようのない、感情の塊のようなものが、こぼれ出んばかりだった。私は気づいた。等松が自分の意志で首を括ったことを、ディオスは知っていた。そして、わざと祖父を挑発したのだと。彼は、祖父に、彼が言わせたかったことを言わせたのだ。そう。だから、等松は、松男叔父が呼んでいるなどという、不気味なだけの、奇妙な口実を使ったのだ。
ここの幕を引くのは私の仕事だ。松浦��の血をひく数少ない人間のひとり。目をそらさずに言えるだろうか。少し心配だった。だが、ゆっくりと言葉を口にすると、動揺なく言うことが出来た。
「おじい様、お知らせするのが遅れて、申し訳ございません。松男叔父様は、お亡くなりになっています」
祖父の目が見開かれた。三日月形の眉も。それから先は涙で見えなくなった。
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