mixiユーザー(id:1474342)

2015年05月17日23:28

241 view

正史にオマージュ 第96回

14 責めを負うべき者(承前)



 私はびっくりした。祖父の顔に目をやると、やはり驚いているのか、唇の端が震えている。
「最初の殺人は、通称キリストばあさんが射殺された事件です。これに先立って、小郡(おごおり)イサクという人が、失踪していますが、このことについては後で触れます。この銃撃は衆人環視の状況で起きていて、犯人も明らかです。だから、ここで問題にすべき事柄ではありません。アニータは警察に引き渡し、相応に罪を償わせるべきです。ただ、彼女が夫をキリストばあさんに奪われたと思い込んだことは、覚えておく必要があります。キリストばあさんがやって来て、すぐにイサクがいなくなったという状況を考えれば、それが無関係とは考えづらいでしょう。しかし、アニータが思い込んだように、イサクが奪われたのなら、なぜ、イサクだけがいなくなったのでしょう。私には、イサクという人は、キリストばあさんから逃げ出しているようにしか見えません。キリストばあさんがやって来た日、青年会のメンバーの計画では、みんなで人の変わったキリストばあさんの説教を聞くはずでした。イサクさんは國松さんを伴うはずが、行き違っています。そして、結局、姿を現わさず、二、三時間経ったお昼ごろ、自宅でアニータと話したのを最後に失踪しています。しかし、キリストばあさんの説教の場に現われず、にもかかわらず、アニータと最後に会うまでの時間、彼はどうしていたのでしょう。彼の関心事や直前の言動から、キリストばあさんの説教に行かなかったとは思えません。だけど、池添やワニブチたちは彼と会ってはいない。ということは、彼はキリストばあさんを見たときに、つまり彼女を見つけたがゆえに、姿を消す必要に迫られたのです。彼は拳銃を持ち、ほとんど荷物もなく村から去りました。私は共産党時代の彼を、キリストばあさんが知っていた、しかも後ろ暗い過去――拳銃と大金を村に持ち帰ったことから考えて、資金の着服のようなことが推測されますが――そういった過去を知っていたのではないかと考えています。もちろん、別名で活動していたのでしょうが、顔を知られていたのだと思います。
「また、このことから、もうひとつ推測されることがあります。キリストばあさんは、キリストばあさんではない。つまり、今回やって来たキリストばあさんは、これまでにやって来たキリストばあさんとは別人だということです。事実、みんながみんな、人が変わったようだという印象を持っています。同年輩のキリスト教普及に熱心な日本人の老女がふたりいるとは、普通はちょっと考えづらいので、みなさん同じ人物が豹変したと思い込んだようですが、これまでのキリストばあさんと違って、共産党内部とも連絡のある、イサクが逃げ出さなければならない人物だったのでしょう。ただし、これは推測の上に推測を重ねたものですから、証拠を出せと言われると困ります。もっとも」
 ここで、ディオスは微笑を浮かべた。
「これから話すことは、どれも推理や推測ばかりで、証拠を提出する力は、私にはありません」
 祖父は彼の話に興味を持ったようだった。表だっては何も言わないし、話を聞いている顔でもないが、動かない瞳が、じっとディオスに集中しているのが分かった。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する