１２ 三組目の殺人（承前）
それは、私と弟子待（でしまつ）が帰り着くまでは、お情けで待っていてくれたかのようだった。母屋の引き戸を閉めると同時に、バケツだか水瓶だかをひっくり返したみたいに、雨足が激しくなった。母屋の三人――私、弟子待、自室で寝ている由美子さん――は、半病人といってもよかった。頼りになるのは、彦島の奥さんただひとりだった。彼女に事態を説明すると、奥さんは、まず自分の家にいるはずの旦那さんのもとに向かった。雨に濡れた上着も靴も脱ぐ気力がなく、玄関のあがり框に、私と弟子待は腰をおろし、ぐったりとしたまま、肩で息をしていた。頭がくらくらした。横になりたかったが、濡れた服のままで、そうしなかったのは、かろうじて残っていた意志の力のなせる業だったろうか。
ずいぶん長い時間が経ったように感じた。彦島の旦那さんの方がやって来た。彦島は弟子待を叱咤し、私を激励して、ふたりの口から事情を確認し、濡れた服を脱がせてくれた。そうしている間に、飯�爐畔�の渡邊さんが駆けつけた。彦島の奥さんも一緒だった。
「とにかく、遺体を雨ん中にそのままには出来（でけ）んやろう」
彦島が言ったので、私は力を振り絞って、綱の結び目を解くことだけはしないように言った。現場保存にどれだけの意味と効果があるのか、私は知らないが、手がかりになりそうだと思ったのだ。もっとも、然るべき能力のある人間がその手がかりを調べるのは、いつになるのだろうか。そもそも、そんな日が来るのだろうか。そういう考えが、頭をよぎらないではなかった。
男三人が納屋に向かうと、私と弟子待は、なんとか自力で台所に入った。彦島の奥さんがお茶を淹れてくれた。お茶もありがたかったが、お茶うけの小さなお饅頭が、とてつもなく嬉しかった。彦島の奥さんは、ひとりで母屋を切り回し、忙しそうだった。由美子さんにあてる氷枕の氷がないらしく、「あげんあったとに」と言いながら、廊下をばたばたと走る彦島の奥さんを、頼りになると思いながらも、少々うっとうしく感じていた。ようやく、私たちが落ち着いたころ、彦島がやってきて、広間にふたりの遺体を運んだと告げた。その知らせを自分の耳で聞くと、涙がぽろぽろこぼれて止まらなかった。もっとも嫌な役目――由美子さんに知らせる――も、彦島が買って出た。きっと、本当は、私がやらなければならないのだ。現状を把握している者の中で、松浦��（まつらごう）の血縁は、私だけだから。しかし、私は、この土地とは無縁の人間だった。なにより、由美子さんにこんな知らせを告げるだけの気力がなかった。台所の前を喪服を着た半狂乱の由美子さんが通り過ぎる。私と弟子待は言葉もなく、それを見送った。
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