「郊遊［ピクニック］」 ’13 (台･仏)
監督：蔡明亮(ﾂｧｲ･ﾐﾝﾘｬﾝ) 脚本：董成瑜(ﾄﾞﾝ･ﾁｪﾝﾕｰ)，蔡明亮
撮影：廖本榕(ﾘｬｵ･ﾍﾟﾝﾛﾝ)，宋文忠(ｿﾝ･ｳｪﾝﾁｮﾝ)
音響：杜篤之(ﾄﾞｩ･ﾄﾞｩｰｼﾞ)，郭禮杞(ｸｫ･ﾘｰﾁｰ) 編集：雷震卿(ﾚｲ･ﾁｪﾝﾁﾝ)
ｍ：李康生(ﾘｰ･ｶﾝｼｮﾝ)，リー･イーチェン
ｆ ：楊貴媚(ﾔﾝ･ｸｲﾒｲ)，陸弈靜(ﾙｰ･ｲｰﾁﾝ)，陳湘��(ﾁｪﾝ･ｼｬﾝﾁｰ)，李奕婕(ﾘｰ･ｲｰｼﾞｪ)
’13 ヴェネツィア国際映画祭 審査員大賞
’13 台湾金馬奨 最優秀監督賞，最優秀主演男優賞
蔡明亮が自ら以後映画を撮らないと表明した 監督引退作品。
住処なく 空き家にもぐり込んで雨露をしのぐ貧しい親子の暮らしぶりが
物語というより 点景のように綴り合わされている。
観客は意図的に物語を読むことから疎外されて
それらの点景を画として眺めざるを得ない。
物語から遠く離れて 蔡明亮の“映画”ははるばるとここまで来たか…
と思わないでもないが、
彼の映画はいつだって 物語を読むための映画ではなかったのだ。
台北で一日中立て看板を掲げることで日銭を稼ぐ男は
学齢期の兄と妹の子どもと空き家で暮らす。
公衆トイレで歯を磨き身体を洗う。
子どもたちはスーパーの食料品売り場で試供品を食べ、
時には親切な女店員から期限切れの商品をわけて貰ったりする。
廃墟に集まる野良犬に餌をやる女―
件のスーパーの女―
子どもたちの枕もとで髪をくしけずる女―
誕生ケーキに火を点して子どもたちと共に男を祝う女―
嵐の川面のボートから子どもたちを攫う女―様々な女が登場し
それを３人の女優が演じるのだが、
果たして彼女らが同一人物なのかも定かでない。
物語も登場人物の情報も封じられた画には
どうしようもなく孤独な空気が映っていて、
それは蔡明亮が語り続けて来た現代人(都市生活者)の孤独な風景で、
目まぐるしく移り変わる都市の風景のこちらで
放置され遺棄され朽ちて行く廃墟に吹き溜まる
ヒトやイヌの寄る辺なさに感応するのは、
観客である我々もまた
経済や効率や新しさに浸潤された現在という病理を
孤独として感知しながら生きているということだろう。
長いながいワンカットを辛抱して眺めるのは
俳優がそのワンカットを耐える演技を眺める時間でもあって、
李康生の小康(シャオカン)がキャベツを枕で殺し バリバリとそれを喰らう芝居に耐えた末に
絶望のような透明な慟哭が彼に訪れるのを
我々は奇跡として受け取るのである。
もう青年ではない李康生の貌と肉体を映画の画にすることで
たぶんこの映画は成立しているのだ。
強風の中立て看板を掲げて小康が詠う詩詞「滿紅紅」に心が震える。
廃墟の壁に描かれた石の河原の風景が映画用の美術ではないことが
(ロケハンの廃墟で偶然見つけた木炭で描かれた壁画だそうだ)
蔡明亮の“現代人の孤独”を裏書きしているかのようだ。
廃墟の床と地続きのような河原の風景は
その前に立つ小康を、女を、取り込んで
映画の画は、一幅のbeaux-arts の作品となっていた。
何も起こらない退屈で美しい映画は
いつまでも終わらないでいて欲しい…そううっかり願ってしまいそうな
静謐な感嘆に満ちているのだった。
秀作。
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