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2014年10月07日06:22

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人権の成り立ち

国民主権の次は人権行ってみます。
まずは、教科書に書かれてある文言のコピーから……。


人権思想の成立
人権とは、人が生まれながらに持っている人間としての権利のことです。人間は、個人として尊重され、自由に生き、安らかな生活を送ることができなければなりません。それを権利として保障したのが人権(基本的人権)です。
人権の保証が宣言されるまでは、人々の長年に渡る努力がありました。国王などの権力者とたたかい、自由を勝ち取ってきました。特に近代革命のときには、人権の思想が国王の支配を打ち破り、革命を成功させるうえで大きな力になりました。そのため、近代革命の後に作られた人権宣言や憲法では、人権が保証されました。



というのが、教科書に載っている事柄なのですが、もともとは「自然権」というものに行き当たります。
自然権と言うのは、人間が古来より持っている権利のことなのですが、中世までは「自然法(法律は神様が与えたとする考え方)」について論議することはあっても、自然権についてほとんで議論されることはありませんでした。


時は移り、時代は17世紀のイギリス。
イギリスの王様が「人のものはおれのもの! おれのものもおれのもの!」とジャイアニズム炸裂させている最中に、国内ではピューリタンと英国国教会が対立。従来の自然権だとか、自然法というものの意味が揺らいでいるときに、トマス・ホッブズという人が現れます。


ホッブスは『リヴァイアサン』という本の中で、ある思考実験を試みます。それは「法とか神様のいな世界になったら人間ってどうなるの?」という実験でした。
イギリス古来の慣習による法もなく、神様が裁くこともない。何をしても自由な世界です。


まあ、早い話が管理者のいないバトル・ロワイアルみたいな感じです。
食料を得るために人を殺し、あいつは俺を殺しそうだという理由で、自衛のために人を殺す。
こんな、思いのままに自分の権利を使っている状態では、種族自体の存続も怪しくなってしまいます。


この悲惨な状態から抜け出すのには、どうしたらいいか──ホッブスが出した答えは「自分を守るために、人を殺したりものを奪う権利を放棄する」というものでした。
ただ、自分だけ捨てただけでは、周りが自分を殺しにくるかもしれないので、強大な力を持つものに上に立ってもらい、自分たちを監視してもらうことによって初めて武装を解くことが出来る、というものです。


つまり、一言でいえば「人権は捨てなければならない権利」としてある。そしてそれを可能にするのが「共通の力」すなわち「主権」というわけです。


ここで、人権と主権がつながりました。
国家は国民が元々もっている権利を預かっているのだから、主権をもつものは、各人の生命、自由、財産を守る義務を負う、というのが、ホッブスの考え方でした。
ホッブズはこの本を亡命先のフランスで書いたらしいのですが、ジャン・ボダンと同じく国王がよい政治をするようにと後押しする内容でした。


ただ、この時は国王も国民もあまりにも勝手だったので「あんまり好き勝手すんじゃねーぞ」と意味で、人権は「制限されるもの」でした。


「尊重される」現代とは反対ですね。
何故反対になってしまったのかは次の日記で書いてみようと思います。まとめきれるか自信はありませんが……。
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