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2014年09月12日12:48

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あしたから出版社

あしたから出版社。
ひとりでも出版社。



東京は吉祥寺にあるひとり出版社『夏葉社』の創設から復刊書『レンブラントの帽子』、『昔日の客』を経ての短詩『さよならのあとで』出版にいたるまでの秘話、あふれんばかりの「本」愛に満ちた魂の実録記。


本をつくるということ、それが届くという奇跡について想いを馳せずにはいられないお話でした。

なんか、星みたいだなと。
信じられないほどの遠く彼方からとほうもない確率を経て届く光のような。
「本」って星に似ているなと。
イメージ図で言うならジブリ版ハウルみたいな。
カルシファーを飲みこむショタハウル的な。

それはまぁ置いといて。

本作は晶文社のロングシリーズ「就職しないで生きるには」で刊行された一冊なのですが、著者・島田潤一郎さんはシリーズの名のとおり「就職しないで」仕事をしているいち自営業者なのですね。
なぜ就職しなかったかといえば単に「出来なかった」からだと。
大学卒業後派遣事務員としていくつかの仕事を経験しては辞め、ローソンの遅番のバイトなどしつつも30才になろうかという時に一念発起、就職しようとするもついに80社から落とされて、もう自分は就職出来ないとあきらめた。
就職して、女の人と付き合って、結婚して、子どもを育てて…みたいなとおり一辺倒の立派な生き方はもはやどうやっても自分には出来ないことが分かったから、だったら自分が本当に「これだけはやり遂げたい」ということをひとつだけやろう。それだけ出来たらもう自分はかまわないから。
そんな壮絶なあきらめと若干のやけくそとコペルニクス的思想転換の末に彼は出版社『夏葉社』を立ち上げる。
その心は、息子(島田さんにとっては最愛の親友で従兄弟)を亡くした叔母夫婦に一篇の詩を本として届けたいという想い。
その想いだけを頼りに編集したこともなければ経営したこともない何もかもど素人の30才・島田さんは手探りで出版社を操業しはじめる…

と、もうサクセスと本づくりの情熱と「本」というものの愛につまったものすごい熱くてエキサイティングでロマンチックな文系ドラマが繰り広げられます。
これを見ていると、案外会社経営って(借金を気にしない勇気さえあれば)おもっているほど難しくないのかもしれないと、25才の私にとっては目から鱗というか。もちろん簡単だなんてかけらも思わないですけど、それでも、「自分には絶対にできない」と頭から否定するのはまた違うんじゃないのかと思わされたわけです。

「借金」ってものすごい恐怖ワードのイメージを、祖父の代から私は植え付けられて育ってきたのですが(祖父は「割賦」さえ嫌いで一戸建てのおうちすら一括払いで買いそれを自慢としていた)、西原理恵子さんの著書「生きる悪知恵」の中で、綾辻行人さんが『さいきん自分の仕事に対するモチベーションが低くって、西原さんのその今なお貪欲に次々と新しい仕事に取り組めるモチベーションはどこから来るんですか?』と訊くのですが、その答えが超いさぎよくて、

『借金があること(一億3千万!!!)』

だったんですよ。
これを読んで借金に対するイメージが変わったというか。
その話を母としていたら、母が祖父のことを引き合いにして「祖父は人生で借金をしたことがないのを誇りとしていたが、果たしてそれは本当に誇れるようなことだったのだろうか」と。
飲む打つ買うでこさえた借金は論外だけども、そうじゃない借金、事業のための借金、住宅ローンさえ1円もないというのは別に自慢でもなんでもないんじゃないか、ただ人生守りに入りこんでいただけのことじゃないのかと。

本作の著者島田潤一郎さんは自分の貯金百万円とお父さんから借りた二百万円の合わせて三百万円を資本金に会社を設立し、その後さらに半年ほどで立ち行かなくなったために二百万円の借金を重ね、2年くらいのあいだは月収8万円しかなかったそうです。
実家暮らしとはいえ三十路の男が月8万円のわけだからもちろん余裕なんかなかっただろうし、未来のことを考えると不安で眠れなくなった夜も数え切れないほどあるでしょうけど、まぁそれでも、生きていけないレベルでは全然ない。
頭から汁が出そうなくらい、肌がひりつくくらい必死に、人生を思いっきり生きているということを考えると、それはすごくいい暮らしじゃないのかとおもうんですよね。あこがれてしまう。

でもってこの島田さんは本をつくるにあたって、経験もお金もないのにも関わらず、自分の中の確固たるロマンに支えられた絶対に妥協しないこだわりぬいた本づくりを行うんですよ。
この島田さんの本に対するロマンがほんとうにロマンチックで。

書かれてからどれだけ時が経っても、著者の骨が土に還っても、どれだけ遠い異国の地であろうとも、ある日その人のもとに届く。

それを求めている心にそっと寄り添って重なり一部になる。

そういう「本」が持つ奇跡を信じて自分が出来うる能力で最大限それを損なわない本づくりをする。
そういう信念が、出版業界の歴戦のふるつわもの達をずぶの素人の島田さんに力を貸させたんだろうなと。

島田さんの悲願、夏葉社の第四作目『さよならのあとで』は、最愛の従兄弟を亡くして心痛の日々を送っていた島田さんがある時読んだグリーフケア関連書物に載っていた詩を訳しなおし挿絵をつけ編集し装丁し出版したものです。
作者のヘンリー・スコット・ホランドは百年前に生きた英国教会の神学者であるということ以外多くは分からず、詩のタイトルもなく、“death is nothing at all(死はなんでもないのです)”の一文からはじまることから”death is nothing at all”と呼ばれており、本国イギリスやアメリカではお葬式の場で読まれることの多い詩だそうです。

私は本書『あしたから出版社』を読み終わったあとすぐに紀伊国屋にはしりこの本を手に取ったのですが、ほんとうに凄まじいまでの祈りに満ちた
「残された人」のために書かれた言葉に紀伊国屋で半泣きになったほどですので一読の価値は大いにあるかと思います。
というか、知人で親しい人が亡くなられたらこれを贈るかもと。
癒えない死の悲しみを抱いている人に絶対に必要なさんざめく星の光のようなかけがえのない言葉たちでした。


起業というものに興味がある人、好きなことを仕事にしたい人、
本が好きだという人に超絶おすすめ。

『あしたから出版社』/島田潤一郎

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